国会は例年通り、アベ許すまじの姿勢を対案とする反日野党が、我々の税金を使って支離滅裂な茶番を繰り広げております。
静かです。
嵐の前の何チャラですね。
嵐の前の静けさと言いますが、
この言葉の真意は、嵐の前のこのタイミングに物事は動いているってことだと思います。
さて、『防衛費は人殺し予算』という妄言で、無能っぷりを露呈した藤野保史が国会にて質疑を行いました。
テロ等準備罪に拒絶反応を示す、テロ勢力の反日野党(民進、共産、自由、社民)でありますが、特に共産党が治安維持法の復活だ!とお怒りのご様子ですね。
徹底批判「共謀罪」 「内心処罰」変わらず 「個人の尊厳」に重大な脅威
あ、大事な組織を忘れちゃいかんですよ。
日弁連は共謀罪に反対します(共謀罪法案対策本部)
では、まず『治安維持法』施行に至る経緯と目的は何だったのか見ていこうと思います。
1917年(大正6年)のロシア革命による共産主義思想の拡大の脅威を鑑み、1920年(大正9年)政府は治安警察法に代わる治安立法の制定に着手しました。
また、1921年(大正10年)4月、近藤栄蔵がコミンテルンから受け取った運動資金6500円で芸者と豪遊した事件がありました。(資金受領は合法であり、近藤は釈放)
これによって、政府は国際的な資金受領が行われていることを脅威とみて、これを取り締まろうとしたのがきっかけになります。
1922年、過激社会運動取締法案として帝国議会に提出されましたが、抵抗に合い廃案となりました。
1923年の関東大震災の混乱において緊急勅令(治安維持ノ為ニスル罰則ニ関スル件)が発せられ、治安維持法の前身となります。(治安維持法の成立とともに廃止)
そして、1925年(大正14年)1月のソビエト連邦との国交樹立(日ソ基本条約)により、共産主義革命運動の激化が懸念されて、1925年(大正14年)4月22日に公布され、同年5月12日に施行されたのが治安維持法です。(1945年10月、GHQによる人権指令によって廃止)
この経緯からも分かるように、治安維持法の主たる目的は『共産革命の防止』に尽きるわけです。
特徴を簡単に申し上げますと、
「国体変革」への厳罰化、また国体変革を目的とする結社の禁止です。
ちなみに、戦後の混乱期にあたって当時の東久邇内閣は厳格に治安維持法を維持しておりました。
つまり、治安維持法は『絶対悪としての共産主義』を殲滅する為に、存在して当然の法律だったわけです。
『治安維持法=国体護持法』、『テロ等準備罪=国体護持法』です。
そりゃ、共産革命によって国体を破壊しようとした共産党を始めとする反日野党は猛反発しますわな。
昔に同胞が随分としょっぴかれたみたいだしね。私怨もあったりすんの?
今、こうして反日野党(民進、共産、自由、社民)が発狂しているってことは『治安維持法は戦前における良法だった』ことの証左でしょうね。
難しい言葉ならべて構成要因があーだこーだじゃないでしょ。
『国体護持』と『共産主義による間接侵略の絶対阻止』の枠組みとして、テロ等準備罪があるわけですから、これに反対すること自体、「私、共産革命で日本をぶっ壊したいんでーす!!」と言ってるようなもんだろ。
枠だけはこしらえてしまうべきなんですよ。
報ステでも、パレルモ条約を引っ張り出して、テロ準備罪反対を煽っておられますが。
国民と国家の間には中間層が必要だってさ。
一見もっともらしいけど、それ習近平と金正恩に言ってあげたら?
何度も申し上げます。
『治安維持法=国体護持法』、『テロ等準備罪=国体護持法』です。
『テロ等準備罪に反対する個人、組織は日本の国体破壊を是としています』
ガソリーヌ、趙春花、陳哲郎、辻元、緒方諸々、何しゃべっても見苦しいよね。
去年より見苦しく感じるのは、私情が入ってるからかなぁ…ww
安倍総理、日本を頼みます。