一人称が「僕」の男はエロい。
自分のことを「俺」と言う男より、
「僕」と言う男のほうがエロい。
これは単に性的な話ではなく、湿度の話だ。
バーでお酒を飲みながら、マスターや周りの人と話していたら、隣の女性に「ゆうくんは良い意味でエロいよね」と言われたことがある。
厳密には違ったかもしれないが、そのように記憶している。
その理由を尋ねると「僕という一人称が似合ってるから」と言葉が続いた。
なるほど、「僕」という一人称が似合うと「エロい」のか。
と、村上春樹や池澤夏樹の小説にでてくるほとんどの男の一人称が「僕」だったのを、ただ真似していただけの幼き僕には新鮮だった。
はじめに前提として女性に説明しておくと、男として生きてると、ある限定的なシーンを除いて一人称は「俺」になることが多い。
後にすこしだけ触れようと思うが、そのほうが生きやすいからだ。
それなのに「僕」という一人称を使う男は、なにかしら意図や背景があるため、慎重にジャッジすべき対象である。
(もれなく筆者も懐疑すべき「僕」使いである)
「僕」という一人称は、だれが使っても無条件にエロいわけではないが、ひとまず今日はここから議論をスタートしよう。
反論は大いに歓迎したいと思うが、この記事を書いているあいだは反論を受けることができないので、まずは一人称「僕」がエロいという話をしていく。
この類のエッセイは見返すと無限に反証できてしまい、いつまでも完成しないため、あえて見返さずに殴り書きとして投稿する。
まず、その度胸とエンターテイメント精神に対して、盛大な拍手をお願いします。
(ああ、温かい拍手の音が聴こえる……)
さて、本題に入ろう。
原則として女性は、男性から受ける性的な視線に対してうっすら嫌悪がある。
もちろんこれは暴論だが、あながち間違いでもないように思う。
しかし、それは「好意的にみている男性」は例外となるケースが多い。
エロさは、「好意的にみている男性」に対して限定的に発生する。そしてそれ以外の場合、すべての性的なアプローチは、エロいのではなくキモい。
この「好意的にみている」という条件のひとつに、アグロとパッシブの違いが大きく関わっている。
アグロは、アグレッシブのことで、つまり積極性だ。
パッシブは常態のことを指すとしよう。
なにかしらの意図(主に下心)を必要以上に感じるとき、だいたい男は常態から離れている。すくなくとも、そのようにみえてしまう。
「俺」という一人称は、世界に対して主張の強い人称であり、
「僕」という一人称は、それに比べてやや謙虚な姿勢が内包されている。
俺という一人称に続く言葉は、すべてが若干強く響くのに対して、
僕という一人称に続く言葉は、優しい人間でありたいという願望を含んでおり、やさしく響く。
乱暴なことも、嫉妬も、独占欲も、本当は持っているはずなのに、それをいったん「僕」という柔らかい布で包んでから差し出そうとする姿勢の表明。リボンをつけたつもりになっている男もいるだろう。
「僕さ」と前置きして残酷なことを言う男。
「僕は大丈夫」と言いながら全然大丈夫じゃない男。
「僕なんか」と笑っているくせに、誰より承認欲求が強い男。
そういうさりげない矛盾は妙に人間くさくて、少なくとも発話する本音を選ぶ思慮深さや、伝達の温度感まで調整しようとする知性が感じられる。
「俺」に続く言葉はすべて直球だが、「僕」に続く言葉はすべてが怪しい。
この怪しさが、その人の「深み」と解釈されるケースがあり、「深み」はその人にエロさを与えるという理屈だ。
ただ、やはりだれが使ってもエロくなるというわけではない。
一人称「僕」がエロくなるのは、次のうち"いくつかの"条件を兼ねている場合に限るだろう。
1.中性的である
2.性欲を感じさせない(「所持していない」ではない)
3.知性を感じる(あらゆる事象に対する言語化能力を持っている)
4.非生理的・身体的な属性において、相手より優れている点を有する
5.複雑な、あるいは未知のバックボーンを持つ
6.ほどよくユーモラスである(笑わせにいく一辺倒ではなく、一緒に笑える空気がある)
7.気が利く
8.適度な緊張感および適度に繊細
(コミュニケーション全般としては、簡単には怒らないだろうと言う心理的安全性が何よりも大切だが、安易な全肯定は「舐め」に繋がってエロくないため、「適度に緊張/繊細」である必要がある)9.イケメンこれらはパッシブな「エロさ」を醸し出すという一点において、一人称「僕」とのシナジーがある。
条件の組み合わせ次第では、正体不明の余裕があるように感じられる。
あえて嫌な言い方をすれば、「格上感」を生む。
迫りくる剥き出しの性欲より、引力のある性欲と言えばいいだろうか。
(ベッドシーンでは、迫りくる性欲のほうが人気が高いはずだが、ノンバーバルの文脈ではないという前提で理解してほしい。)
人間は隠されたものを暴きたいという欲求をどこかに持っている。
もちろん、その程度については十人十色だし、大前提として目の前の人間が「不快ではない」かつ「興味が持てる」というケースにおいての話だが。
「僕」という一人称は台詞の趣旨や態度を、ある程度隠蔽してしまう。
オブラートに包まれた言葉を、剥がす作業を押し付ける。
受け手は、その隠蔽されたものを暴くために脳の処理が増え、ツァイガルニク効果(未完成なものへの執着)が働いているようにも思う。
一人称ひとつで想像を誘う余白が生まれる。
その余白こそが色気なのではないだろうか。
余白は、その人の底知れなさとも言える。
そして発生した執着は、相手に対する好意なのかもしれないという誤解に至る。
その人の深淵をみたいと思えるかどうか。
「俺」から始まる言葉と、「僕」から始まる言葉では、その余白の大きさが決定的に違うので、エロい。
ネタバラシをするとかなりキモいのだが、僕は基本的に「エロい」存在でありたいと思っている。
(ここを隠しておけば僕もエロくなれたかもしれないが、本エッセイの狙いは僕がエロくなるためではなく、読者に「僕」という一人称がエロいかどうか判断を仰ぐこと、それから暴論を楽しんでもらうことにあるため、やむを得ずエロさを手放すとしよう。)
特に女性と話すときは、性的な展開を望んでいなくとも、男性がそもそも有しやすい身体的有利性やそれに伴う加害性を自ら意識し、それを隠蔽することで対等に話したいという意図をして「僕」という一人称を好んで使っている。
これは、一種の配慮でもある。
そしてその配慮を女性はたやすく見抜き、「配慮を受けるに値する」という自分のステイタスたらしめる。
押し付け感のない配慮を行うことができる――という余裕も、間接的にはエロさに繋がっている。
女性にとって、たたでさえ身体的に有利な男性からの「俺」という人称で始められる言葉は、その実ただ無意識で使われている場合であっても「アグロ」であるという解釈を誘発しかねない。
僕という人称が孕んでいる柔らかさは、そのアグロ具合を希釈する作用があると言っていいだろう。
一方で、男性社会では「僕」という一人称は嫌悪されやすい。
特にビジネスシーンでは「マシン」や「兵士」や「下僕」であることが要求されることが多いため、だいたいの場合は「私」という公的な人称、あるいは立場に鑑みる必要はあるが「俺」という人称のほうが好まれやすい。
友人同士など、ビジネスシーンでなくとも「僕」という一人称は気障だと思われているケースが多いのだが、やはりその「気障だと思われる」理由に貢献しているのも、「僕」という人称が帯びるエロさである。
もちろん、「俺」のほうが使用率が高いという単純な理由もあるが、「僕」が帯びる湿度に自覚的だからこそ、「俺」のほうが支配的なのであり、「僕」が不適切とされるのは、男性同士の社会では過剰な配慮と考えられている結果であるようにも思う。
だからこそ、「僕」は一人称界隈でのマイノリティであり、特別感すらある。(一人称界隈とは?)
仕事の場や改まった席では、無難に「私」と自称している男が、2人きりになった途端にポロッと「僕はさ」と口にする。
その瞬間に生まれる親密さ、ほんの少しの防衛本能の解除。まるで、厳しく施錠された部屋の鍵をこっそり手渡されたような錯覚を覚えるのではないだろうか。
これは最初に述べたように、単に性的なのではなく、湿度としてのエロさ。
最終的に、その湿度が「性的なエロさ」を連想させるケースは、一部属性の女性に対して存在するとは思うが、発端は湿度である。
「僕」という一人称には、その湿度の自己演出機能が備わっている。
逆に言えば、中盤に挙げた条件を満たしていない場合は、「僕」が持つ湿度に使用者の人間性が負けることになり、非常に情けない印象になる。
そもそも「僕」は「俺」よりも柔らかい、もっといえば弱い言葉だからだ。
だから「僕」という一人称は、使い方を間違えればただ「弱い男」と認定されてしまうため、ハイリスク・ハイリターンの賭けである。
もし使うのであれば、使用者が「僕」に適合するような生き方をしていなければならない。
一方で、その「弱さ」すらもポジティブに変わる瞬間がある。
それがギャップだ。
前述した特定条件下では、「僕」という一人称に「余裕」や「格上感」が発生する説を唱えたが、そもそも「僕」は「俺」に比べて弱く控えめな表現でもあるため、続く言葉によっては脆くも映る。
そのギャップが、普段は人に見せていない弱さを覗き見れたような特別感に繋がってエロい。という側面も獲得できる。
そう考えると、あの時言われたエロいという評価の理由として、「僕という一人称が似合う」という表現をした女性。
それほど年齢は離れていなかったはずだが、「僕という一人称を使ってる」ではなかった点は高く評価せざるを得ない。
エロに対する造詣の深さ、あるいは感受性の高さにおいて、当時の僕よりも数段格上だったのは間違いないだろう。
それでは、この暴論を、伝説のホストによる名言で締めたい。
俺か、俺以外か。
今回は、「僕」という人称が帯びる湿度・秘匿性を少し解剖してみたが、みなさんは「俺」という一人称より「僕」という一人称のほうがエロいと感じたことはないだろうか?
あるいは、「僕」よりも「俺」のほうがエロいだろ!と主張するひとは、
ぜひ反論してほしい。僕と戦争しよう。
白旗は、用意してきた。
余談になるが、先日僕が書いた短編小説「オールナイト・オールエンド」は、女性の主人公が既婚男性2人と不倫関係にある話であり、男のひとりは「おれ」を名乗り、もうひとりは「僕」を名乗っているのも、実はこの自説力学(あるいは自己演出論)に忠実であったことを補足しておきたい。
女性読者からのポジティブな反響がそこそこあった話なので、未読の方は少しだけ楽しみが増えたとおもうので、読んでみてほしい。
初めて女性を主人公にして話を書いたのだが、反応からみてもそれなりに面白く書けたのではないかと思う。
最近、僕はとある友人と「エロ」とは何か。について感覚の共有を試みたことがあり、その時僕は「エロ」をまったく性的なものを発祥とした概念として捉えていないことをさらっと説明した。
彼女もなんとなくそれを理解してくれたと思うが、僕の即興による言語化が充分ではなかったので、ちゃんと整頓したらもっと面白く話せるだろうと感じた。
今回は、そもそもエンタメ志向であったことと、やや率直に「エロい」という社会通念を借りて説明したつもりのため、あえて「エロ」の定義を行わなかったが、いずれは「エロい」の種類についても解剖してみたいと思っている。いや、思っていない。
全体的にあまりにもくだらない話をしてしまった気がするが、東京の本日の最高気温は39度であるため許してほしい。
さて、読者のみなさんに、改めて問う。
「僕」という一人称を使う男は、
「俺」という一人称の男より「エロい」だろうか?



うわぁぁぁあ!分かる!!!と思って表題だけ目に入った瞬間勢い余っていいねしてしまいました。すみません。ちゃんと全文、読みました。 旦那と初めての接点がチャットだったのですが、この一人称「僕」と知的さに惹かれたことを思い出し…。 とにかく言語化力がすごいです。
こんばんは。面白すぎて、これはコメントせずにはいられない!と思い立って初めてのコメントさせてもらいます。 実はこの記事、「僕」を一人称にしている人の恋愛攻略本なのでは!?と思ってしまいました。まだまだ僕は子供なのかもしれません。 「優しさ」は「弱さ」に、「エロ」は「嫌悪」に転化す…
男性の一人称って難しい!「俺」だと少し威圧的だし、「僕」だと舐められるし、「私」だと堅苦しい。その辺女の子のスタンダードである「私」にはあまり色がなくて、それ以外の一人称はただただ個性という感じ。ちなみに私は、普段「僕」と言ってる男性が、うっかり「俺」と言ってしまう瞬間に遭遇した…
いつも「俺」と言ってた父が、多分丁寧というか、相手に対して上からぽくならないようにだと思うのだけど「僕」って言った時、何かヤダなぁと思った記憶が🤔 子供の頃なので、どういう感情だったのかは分からないけど、中側さんの言うような、湿気みたいなのを感じたのかもしれないです。 若い頃は、…
>>いつも「俺」と言ってた父が、多分丁寧というか、相手に対して上からぽくならないようにだと思うのだけど「僕」って言った時、何かヤダなぁと思った記憶が🤔 子供の頃なので、どういう感情だったのかは分からないけど、中側さんの言うような、湿気みたいなのを感じたのかもしれないです。 え、こ…