【プレイバック’06】「光市母子殺害事件」弁護側の「傷害致死」主張で混迷を極めた裁判の行方
迷走し始めた裁判
だが、そんな弁護側の主張が差し戻し審で通るのか。当時の記事では判決文を引いて次のように記している。 《今回の判決文に次のように記された部分を読むと、言葉を失くしてしまう。 〈被害者(Aさん)を姦淫するため殺害しようと決意し、その頸部を両手で強く絞めつけて殺害し、(中略)臆することなく姦淫を遂げた。 さらに、被告人は、 この間、被害児(長女)が被害者にすがりつくようにして激しく泣き続けていたことを意にも介さなかったばかりか、上記犯行後、泣き声から犯行が発覚することを恐れ、殺意を持って、被害児を持ち上げて床にたたき付けるなどした上、なおも泣きながら母親の遺体にはい寄ろうとする被害児の首に所携のひもを巻いて絞めつけ、被害児をも殺害したものである〉 これほどまでに凄惨な凶行を、判決文ではさらに「冷酷、残虐にして非人間的な所業であると言わざるを得ない」と断じているのだ》 ’06年に入ってから、被告の弁護人が突然辞任し、新たに安田好弘弁護士ら2人が就任。上告審から弁護をつとめていたが、3月14日の弁論を2人とも欠席したことで、傍聴のため上京していた本村さんが「こんな屈辱を受けたのは初めて」などと怒りを露わにしたこともあった。 さらに弁護側が「傷害致死」を持ち出してきたことで、裁判の行方は波乱含みとなった。
「真実を話しているとは思えない」
’07年5月24日から始まった差し戻し控訴審は混迷を極めた。検察側は事件の悪質さから死刑の適用を主張。弁護側は被告には殺意がなかったとして「傷害致死にとどまるべき」と死刑回避を主張し、両者の言い分は真っ向から対決することとなった。 なかでも世間を驚かせたのは弁護人からの被告人質問で元少年が語った内容だ。一、ニ審で認めてきた犯行について、それを否定する“新事実”を彼は次々と口にしたのだ。 殺害したAさんに、なぜ性的暴行に及んだのか、との質問に対しては「生き返ってほしいという気持ちです。本を読んで、復活の儀式になると思っていました」と供述。また、長女の遺体を押し入れに入れた理由については「何でも願いをかなえてくれるドラえもんの四次元ポケットをイメージし、何とかしてくれるという思いがありました」と答え、殺意を完全に否認したのだった。 9月21日に行われた意見陳述で本村さんは「心の底から真実を話しているとは思えない」と、次のように厳しい言葉を突き付けた。 「(一、ニ審で)起訴事実を認め、反省していると情状酌量を求めていたが、すべてうそだと思っていいのか。ここでの発言が真実だとすれば君に絶望する。この罪に対し、生涯反省できないと思うからだ」 それに対して元少年は「事件と向き合うことができず、言えなかった。(法廷で)述べたことは真実です」と語るのだった。 ’08年4月8日、元少年に死刑が言い渡された。判決は弁護側の主張を全面的に退け、「何ら落ち度のない母子の生命と尊厳を踏みにじった犯行は、冷酷残虐で非人間的」「虚偽の弁解を展開して罪と向き合うことを放棄し、遺族を愚弄(ぐろう)する態度は反省とはほど遠く、死刑を回避するに足る特段の事情は認められない」とした。弁護側は控訴したが棄却され’12年3月に死刑が確定した。 判決後の会見で本村さんは「決して嬉しいとか、喜びの感情はない」と述べていた。事件後から一貫して犯人への極刑を望む一方で、刑事司法の理不尽さを訴え、犯罪被害者の権利確立を訴えてきた彼には、それが正直な感想だったのかもしれない。 元少年はその後、3度にわたって再審請求をしたが、いずれも棄却。40代になった現在も広島拘置所に収監されているという。
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