冷たくなったこうちゃんと対面も、抱っこすらできず…【高知・1歳児死亡事故】重傷負った母の法廷陳述全文
2024年9月、高知東部自動車道で運転中に靴を履き替えようとしていた被告が中央線を突破し、4人家族の乗る対向車に正面衝突。1歳の男の子が死亡、両親が重傷を負った。
本件事故で「過失運転致死傷罪」に問われている竹崎壽洋被告(61)への論告求刑公判が、6月3日、高知地裁で行われ、検察は法定刑の上限である禁錮7年を求刑。また、この日の法廷では、我が子を失い、自らも重傷を負った両親が証言台に立ち、意見陳述を行った。
常軌を逸した「ながら運転」はどう裁かれるべきなのか……。
7月15日に予定されている判決を前に、内臓損傷、全身骨折の重傷を負った母親による意見陳述を全文公開する。
*検察の論告内容については以下の記事を参照してください
自動運転で悪ノリ、検察が「曲芸運転」と断じた悪質“ながら運転”が招いた男児死亡事故、求刑は上限の「禁錮7年」(1/5) | JBpress (ジェイビープレス)
【事故の瞬間をとらえた被害者のドライブレコーダー映像】
<母親・神農彩乃さんによる意見陳述>
私は、被害者遺族の神農彩乃(かみのあやの)です。
令和6年9月21日、あの日、私たち家族の日常は突然壊されました。
息子・煌瑛(こうえい)の話をしたいと思います。
私達の息子・こうちゃんは、令和5年8月2日に帝王切開で生まれました。よく晴れた暑い日でした。みんなが無事に生まれてきたことを喜びました。
なんだかとても落ち着きがある赤ちゃんで、会う人みんなに、「なんか不思議な貫禄があるね」と言われたりしていました。
直近の予防接種では、注射をされてもすぐに「強い強い!」と抱きしめると泣かない強い子でした。
ベビーカーに乗り、こうちゃんは周りをよく見ていました。
誰かとすれ違うときに、手をあげたり、手を振ったりするので、すれ違う人はみんな笑顔で「かわいいね」と足を止めて声をかけてくれました。
こうちゃんの1歳の誕生日には、「一生食べ物に困りませんように」という思いを込めて、一升餅のお祝いもしました。立ち上がって支えてもらいながら、一歩歩いたこうちゃんは、笑顔でした。みんなの嬉しい、楽しい声が溢れていました。みんながこうちゃんの成長を願っていました。
こうちゃんはまだ、たったの1 歳でした。やっとヨチヨチと歩き出し、娘の後を一生懸命追いかけ、目が合うだけで嬉しそうに笑う、本当に愛おしい子です。大変なこともあるけれど、この愛おしさは何にも変えられない。本当に尊くて、可愛くて。それを私達に教えてくれたのは子供達で、命に換えても守りたかった、大切な大切な息子です。
これから先、たくさんの未来がありました。走ったり、踊ったり、ときには転んで、大きくなり、小学校に行って、ランドセルを背負って、友達を作って、成長していくはずでした。
でも、その未来は全て奪われました。
■手を握っても、足を触っても、頭を撫でても、とても冷たくて…
冷たくなったこうちゃんと対面したときのことが、何度も何度もフラッシュバックします。可愛い、可愛い息子、そのままでした。いつもと変わらない、眠っているような……。
でも、手を握っても、足を触っても、頭を撫でても、とても冷たくて、「なんで? こうちゃんが、なんで?」と泣き叫びました。
最愛の息子が命を奪われたのに、私自身も十数箇所の骨折と、内臓損傷の開腹術直後で起き上がることすらできず、満足に抱っこしてあげることもできませんでした。
こうちゃんは抱っこをすると、いつも私の顔を見て嬉しそうにニコって笑いたのに、息子を抱きしめることが出来ない。とてつもなく惨めな気持ちでいっぱいでした。
やっと抱っこすることが出来たのは、葬儀で最期のお別れのときです。リクライニングができる車椅子にもたれた状態で、抱っこさせてもらえました。
私が動くことができず、そのため葬儀は引き延ばしてもらって、9月30日でした。事故から9日も経ってしまっていました。
時間がかかってしまったから、いつもの眠ったこうちゃんとは少し変わっていました。様子が変わっていましたが、それでも可愛くて自慢の愛する息子です。
事故後、駆けつけてくれた私の母も、義理の両親も、私達夫婦のことを思い、気丈に振る舞ってくれていました。
あのとき、こうちゃんを抱きながら泣いている母や義理の両親の姿は、私の目に焼き付いています。
「悲しませてしまった。本当に、本当に申し訳ない……」と、息子を失った悲しみと同じくらい、息子を愛してくれた人達をこんなにも悲しませてしまったことは、私達夫婦の心をえぐりました。
そして火葬が始まりました。二度とこうちゃんの顔を見ることも、触れることも出来なくなった……。
お骨になったこうちゃんを病室に連れてきてくれたときに、「あぁ、やっとこうちゃんと一緒にいられる」と思ったことを覚えています。
■夫は何度も何度も、こうちゃんの名前を叫び続け…
被告人が運転中に着替えや靴の履き替えを常習的にしていたと聞いたのは、葬儀を終え10月に入ってすぐの頃でした。あまりにもショックで、怒りで気が狂いそうになりました。担当の理学療法士さんが、「今日はリハビリやめておこうか?」と言うほど取り乱しました。一日中気持ちが落ち着きませんでした。今すぐにでも被告人を殺しに行きたいと強く思いました。
私は、この事故を、単なる“不運な事故” だとは思っていません。車を運転しながら服を脱ぎ、履き替え、靴まで替えようとする、そこには、「命を預かって運転している」という意識が最初から欠けていたのです。
ブレーキをすぐに踏めなくなる状況はあまりにも恐ろしく、まして、走行中にズボンや靴を脱いで、さらに履き直すなんて……、考えても、考えても、理解が出来ないのです。常軌を逸しています。
悪質性の高い事故と、不慮の事故は、棲み分けるべきです。この事故は、防げた事故です。被告人自身が選択し、起こるべくして起こした“事件”です。
あのとき、私達を巻き込まなかったとしても、どこかの未来で、必ず、誰かしらの命を奪ったと思っています。
こうちゃんは、本来、死ななくてよかった命です。こんな被告の悪質な行為で奪われてはいけなかった。
事故直後。夫は必死にこうちゃんへ人工呼吸を続けていました。偶然その場を通りかかった女性が、懸命に心臓マッサージをしてくれていました。夫は、何度も何度も、こうちゃんの名前を叫び続けていました。
その場に居合わせた方々も、今なお苦しんでいます。
「あの時を思い出す」
「あの子を助けてあげられなかった」
そう言って涙を流してくれた方がいます。
また、事故直後、泣いている娘に、「大丈夫だよ」と声をかけてくれた方が、後になって、「大丈夫なんて言ってしまった。娘さんを傷つけてしまった」と泣いていました。
この事故は、私たち家族だけではなく、多くの人の心に、取り返しのつかない深い深い傷を残したんです。あのとき、あの場にいた、被告人を除いた全ての人が息子の命を助けたいと思っていました。
■目の前で弟を失った娘(当時6)の心に刻まれた深い傷
そして何より、娘自身が深く傷ついています。
あの日、娘が見た光景がわかりますか?
隣で眠っていた弟を起こさないと、と、「痛い! ママー!」と泣き叫んでいた幼い娘は、「こうちゃん起きて」と、弟の身体を揺すったんです。「だけど、こうちゃんは起きひんかった。眠ってた」と話してくれました。
意見陳述の時間を頂いた旨を娘に話しました。娘は泣きながら、
「こうちゃんを返してほしい」
「謝ってほしい」
「絶対に、絶対に、許さへんから」
そう伝えてほしいと言いました。本当は直接、被告に言いたいと言いました。
命は返ってきません。どれだけ願っても、こうちゃんは帰ってこない。何度、「これは現実なのか?」と思ったか分かりません。
その度にこうちゃんの遺影を見て、「あぁ、現実なんだ」と思い知らされる時間を過ごしてきました。
本来なら、一緒に成長していくはずだった弟です。これから先、誕生日も、入学式も、成人式も、人生の節目のたびに、娘は、「こうちゃんがいない」という現実を突きつけられながら生きていかなければなりません。
私たち家族の苦しみは、一生終わりません。あの日から、毎日毎日、苦しみ、被告人が事故後も呑気にゴルフに行っている間も、「なぜこんなことに?」と考えないときはないのです。
■「僕が代わりに死ねばよかった」? どこまで遺族を踏みにじるのか
被告人は法廷で、「僕が死ねばよかった。代わりに…」そう述べました。
ですが、私はその言葉を聞いたとき、強い怒りを覚えました。“代わり” とは何なのでしょうか。
私は、自分の息子の命を、誰かと交換できるものだと思ったことはありません。交換できるのならば今すぐに交換して返してください。身勝手な行動によって引き起こされた事故です。もし、この事故で誰か一人、命を落とさなければならなかったのだとしたら、それは、何の落ち度もない幼い子どもではなかったはずです。
私は、「命を落とすのは私であるべきだった」とずっと考えていました。長い入院期間中、ずっとずっとそう思っていました。
息子を一人で逝かせてしまったことを、ずっとずっと後悔していました。子供達さえ生きててくれたらよかったのにと、何度も何度も夫と話しました。
ですが、違います。
本来、こうちゃんが命を奪われる理由など、どこにもありませんでした。娘がこれ程までに傷つけられる理由もありません。
被告人が自分の危険な行動の結果として、誰も巻き込まずに責任を負うべきだったのです。
代わり? ふざけるな。竹崎、お前一人が死ねばよかったんだ。何の罪もない子どもが犠牲になるべきではない。被告の身勝手で、一方的に突っ込んできて、強制的に全てを奪い去っておきながら、息子の代わりに死ねばよかったという発言を平気でする。バカにし、私達の気持ちを踏みにじり続けるのは、いい加減にやめてくれと思っています。
被告のような、身勝手で、自己中心的で、平気で世の秩序を乱すような人間のようなナニカと関わる必要なんか、どこにもなかったと思っています。通り魔や無差別テロと何が違うんだろうと思って止まないのです。
まして、自ら運転するのをわかったうえで、お酒を持ち込み飲んでいたし、タブレットでドラマを見ながら運転をすることもあったと聞いています。
ドラレコの映像を見ても、明らかに被告人の方から一方的に突っ込んできたことを、被告人は自覚していないと思います。なんなら、自分も被害者くらいに思っているからそんな言葉の言い回しをするんだと思わざるを得ません。
■運転中に着替えなどせず、ただ前を見て運転してほしかった…
運転支援システムは、ドライバーが横着するためにメーカーが世に出している訳ではないです。事故を減らす、いや、無くすために開発されてきたはずです。
被告人は「過信していません」と、被告人質問で応えましたが、私もそう思います。過信ではないと思います。これは過信ではなく、“悪用”ですから。
ただ、運転中に必要のない着替えなどせず、前を見て運転してほしかった。私達から最愛の息子を奪わないでほしかった。
現在、この事件に対して、16万8千筆の署名が集まっています。それだけ多くの方が、
「これは単なる事故ではない」
「このままではいけない」
そう感じてくださったのだと思っています。
私は、この裁判は、単に一人の被告人を裁くだけの裁判ではないと思っています。運転中の着替えや靴の履き替えのような常軌を逸した“ながら運転” によって命が奪われたとき、社会がそれをどう受け止めるのか……、その基準を示す裁判だと思っています。
自分の欲望を優先して他者を危険に晒した行為は、「故意」であり、不注意だとは絶対に呼べない、と16万8000人が言っているのだと思います。
それに巻き込まれ命を奪われるのは、いつもなんの罪のない人で、誰かの家族で大切な人です。
これは誰一人にとっても、他人事ではないのです。
被告人は調書で、「事故のことを思い出すまで運転しません」と言っています。あの日、あのときの行動を見ても、「覚えていない」では通用しないと私はどうしても思います。
私に一度も謝罪をせずに、ゴルフに行ったり、普通の生活をしたりしていることも許せません。誠意を見せる時間は一年以上あったんですから……。
「なぜ、謝罪すらしなかった?」と聞いたときも、迷わず他責にしていました。今までもそうして生きてきたのだと思います。
手を合わせて償う? それで何を償えるのでしょうか?
息子の冥福を祈る? なぜ被告人が、こうちゃんに「安らかにお眠りください」と祈れるんでしょうか?
理由もあまりにも身勝手で、その後の態度も問題しかないと思います。反省したフリは犬でも猿でも出来ます。人としての良心が本当に残っているのか、疑わざるを得ません。常軌を逸しているだけでなく、人間性そのものに重大な欠陥があると感じます。
私達は決して、何があっても竹崎を許すことはありません。許される理由もないと思います。
どうか裁判官の皆様には、失われた命の重さ、残された家族の苦しみ、そしてこの事故の悪質性を真正面から見ていただきたいです。そして、現行法の中、最も重い判決を下していただくことを、心からお願い申し上げます。
(2026.6.3、高知地方裁判所にて)
【父親・神農諭哉さんの意見陳述は以下の記事参照】
甲子園球児だった父が法廷で語った、永遠に叶わぬ息子との夢…【高知自動車道・1歳児死亡事故/詳報】 - エキスパート - Yahoo!ニュース