《周辺地図(マピオン》
今回紹介するのは長野県の北東部、信州高山温泉郷で有名な高山村から、群馬県境に聳える万座峠へ上り詰める、歴史のある林道だ。
その名を山田入林道、もしくは林道山田入線という。
今回の探索に複雑なテーマは何もない。とてもシンプル。ヨッキれん伝統の山チャリをするだけ。すなわち、MTBによる林道走破を行うだけの内容だ。完全走破か、途中敗退か。
そもそもの探索のきっかけだが、私がこの道を知ったのは、いつだったっけ…。
正確なことを思い出せないが、ようするにそのくらいは古い馴れ初めがあった。
たぶんだが、私が過去に情報をやり取りした、あるいは共に探索をした誰かが、オフロードバイクでこの道を走ったことがあるという話をしていたのだ。随分昔に。
で、それをきっかけに地図を見たら、「ああ、ここに道があるんだな」と初めて意識して、そして、そのからまたしばらく経ってから……
見たんだった。
平成24(2012)年11月4日に探索した南志賀パノラマルートの路上から……(↓)
谷向こうの万座峠稜線へと駆け上がる、豪快な九十九折りの姿を!
漠然と、格好いいなぁ、今は通れるのかなぁ、 ……そんな風に思ったのを覚えている。
このときの展望の位置関係は、こうなっていた。(↑)
海抜1900mの南志賀パノラマルートから、標高差600mの松川渓谷越しに、海抜1800mを少し超える万座峠を見ていた。
展望地から万座峠までの距離は空中直線で約3.3km、ほぼ真南の方角であった。
近いようだが、実際に訪れようとすると、道に縛られるから遠い。しかもその道……山田入林道……が、相当にワルいらしい。
ワルい道大好き。
ちょいワルな道のガイドブックと言えば、あのマップルの昭文社が発行している『ツーリングマップル』シリーズがある。
少し古い平成9(1997)年版『ツーリングマップル中部』には、この山田入林道に編集部のこんなコメントがついていた。
「巨大な岩壁にとりつくヘアピン路 豪快 約8km」
……豪快って、そそる感想よなぁ……
しかし、マップル編集部オススメの走って楽しい道も昔の話のようで、最近の版(チェンジ後の画像)だともう「スンッ…」て感じでスルーされてる。
少なくとも、ライダーが楽しめる道という扱いはされなくなっている。
道自体は一応描かれているんだが、峠側で塞がれているようでもある。
やはりこうした表記の変化を見ても、平成の初期頃までは豪快なライディングが楽しめる道だったのだろう。私が聞いた話とも合致する。
これは、最新の地理院地図に見る 「巨大な岩壁にとりつくヘアピン路 豪快 約8km」の姿である。
信州高山温泉郷の最奥の湯である海抜1230mの七味温泉から松川渓谷をひた登り、最後に谷が尽きると、まるでトサカに来たような九十九折りで海抜1820mの万座峠へ突き上げている。なんとも体育会系な匂いのする道である。
8kmで600mの高度差を克服するという“数字”を見ても、全体的に急勾配の道であるという想像は容易い。
また、平成2(1990)年発行の『角川日本地名大辞典 長野県』の「万座峠」の解説文に、この林道への言及(下線部)があるので紹介しよう。
万座峠
上高井郡高山村牧と群馬県吾妻郡嬬恋村の境にある峠。標高1825m。奥山田の松川渓谷をさかのぼり、七味温泉から峠を経て嬬恋村万座温泉に至る。湯治客などが用いる米・日用品は、この峠を越えていった。昭和27年須坂市から牧の集落を経由、尾根伝いに万座温泉と結ぶバス路線が開通(現在運行停止)、峠の利用は大幅に減少した。観光開発を目的に、七味温泉~峠間に林道が開かれたが、弱い地盤のために崩落が激しく、車は通行不能。
『角川日本地名大辞典 長野県』より
高山村から登る万座峠は、峠を越えた群馬県側の万座温泉へ湯治客用の米や日用品を送る、古くから利用された峠であったという。
昭和27(1952)年に高山村から別ルートのバス路線(現在の「上信スカイライン」(県道466号牧干俣線))が開通したことで一時利用者が激減したが、その後、観光開発を目的に林道(山田入線)が開通した。しかし、 「弱い地盤のために崩落が激しく、車は通行不能」という、私好みのストーリーが書かれている。
……こんな具合に、私にとって“そそる”ところが多い道であり、10年以上も前から何度か意識を向ける機会があったのだが、
令和6(2024)年11月5日にようやく挑戦してきた。
わざわざこんな日を選ばなくても良いのにって私自身が一番思ったくらい、ガスが濃い日だったが……。
私のシンプルな挑戦の顛末を一緒に見届けてくれ!
2024/11/5 5:54 《現在地》
超絶薄暗いうえに、霧雨が降っているが、出発する! もちろん既に自転車に跨がっている。
ここは長野県道66号豊野南志賀公園線の路上で、間もなく万座峠方面への分岐地点である。
ヘッドライトに浮かび上がった蛍光塗料の青看に注目。
左折が県道で、12年+1日前に探索したパノラマルートはこの方向だ。
そして直進方向が、林道山田入線を経由する万座峠方面。
だが、青看の行き先には「七味温泉1km」だけが案内されていた。
この時点で察するというか……、まあ、普通に車で通れると思っているなら、わざわざ自転車で来ないか。
青看の後に登場した分岐本体。
右の道の入口に、門柱のような感じで、「歓迎七味温泉」「奥信濃の秘湯」と書かれた高い木柱が建っていた。
柱には街灯が取りつけられていたが消灯しており、歓迎されている感じがしなかった。
この分岐地点の標高は1270m附近である。
長野県人はたぶんそう感じないんだろうが、大抵の他県人にとっては、とても高い所まで来たと感じる標高。
そんな高さが、万座峠の登り口で、ここから登り始めるのである。
前言撤回。
分岐直後は、登り始めず、まずは下り坂から始まった。それも結構な急坂で。
分岐から約600m、左山右谷の1.5車線舗装路を駆け下ると暗い樹林が開け、松川の広い谷底が現れた。
ここに青看が案内していた「七味温泉」がある。
6:15 《現在地》
下りきったところに十字路があった。
地形図にはこの交差点の位置に1235mの標高点があり、これが今回の行程の最低地点だ。こっから標高1825mの県境へ登っていく。
十字路を道なりに進むと、橋の向こうに見える大きな建物、七味温泉ホテル渓山亭に行き着くが、これは既に閉業している。道理で暗い。だがすぐそばに紅葉館という別の温泉宿があり、そちらは営業しているそうだ。
というような私に求められていなさそうな話は他の人に任せて、私は私が求め、求められている、私の道へ行く。左折だ。
で、曲がろうとして、道の入口に大きな石碑があることに気付いた。
石碑!
(表面)
万座街道の碑
長野県知事 吉村午良 書
(裏面)
沿 革
山田温泉より松川沿いに、五色七味を経て原始林の中の急坂な山道を登り、眺望絶佳の万座峠を越えて、海抜六千尺の秘湯万座温泉に至る三里半の山道を古くから万座街道といった。
昭和二十八年、県道万座線が開通するまで万座への表街道の重要な役割を果たしてきたのがこの街道であり、湯治客や生活資材の運搬路として牛馬や駕篭の往来が頻繁であった。
奥日影及び山田入地籍約一千七百ヘクタールの原生林に生い繁った樅・栂・樺・橅などの搬出や観光客のために、林道の開設が奥日影森林組合によって計画され昭和十九年に着工、延長八千三百五十メートル幅員四メートル総工費三千三百九十七万円をもって昭和三十四年に竣工した。同三十六年高山村に移管されたが、七味より峠頂上に至る間の地質は極めて悪く融雪豪雨等の災害により通行不能の状態が多かった。
特に昭和五十六年・五十七年、二か年にわたる台風豪雨災害は三十三か所に及び全線通行不能の惨状となった。これが復旧に当っては国・県の積極的な協力指導により総工費一億五千二百余万円をもって見事に復旧、改良が完成し林道としての機能はもとより県境を越えての地域開発に大きな役割を果すこととなった。
ここに災害復旧工事完成にあたり、関係各位に感謝し記念碑を建立する。
昭和五十八年十月吉日
高山村長 久保田常吉 撰文
キターーーー!!
探索前だけど……
机上調査編 完!
といっても良いくらい、これから探索する林道が整備された沿革を知ることが出来た。
書かれている林道の沿革を一行にまとめると、昭和19年着工、同34年竣工、同58年災害復旧工事完成とのこと。
どの情報も初めて触れたが、思ったよりも林道の着工が古く、そして完成も古かった。戦時中の着工とは驚きだ。戦後に工事を再開したパターンだろうか。
碑の内容もさることながら、碑自体の大きさや造りの立派さが、この林道への関係者の期待の大きさを物語っているようだった。
こんな立派な碑を立てて貰ったのに……、っていう悲しみのギャップが、このあと盛大に待ち受けているんだろうか…。
6:19
石碑があるところからほんの20mくらい舗装された道を進むと、だいぶ古びた感じの橋が架かっている。
ちなみに、グーグルストリートビューは、もう打ち止めだ。石碑の所までしか撮影されていない。
そして、橋の袂には遮断機式ゲートがあった。これは開いていたが、ゲート脇に「この先全面通行止 高山村」の看板が掲げられている。
まだここは通すけど、通り抜けは出来ないということか。
また、ここには見慣れたアレもあった(↓)。
林道標識だ。
ここが林道山田入線の起点だそうだ。
それはいいんだが、なんだこの酷い有様?!
普通、この場所にあって、こんな壊れ方をするか?!
まるで、通り抜けが出来ないことに怒ったならず者にぶん殴られたみたいな壊れ方をしていた。
破れた林道標識に書かれている内容は、テンプレ的で目新しいことはないが、一般車両進入禁止だという。
石碑には林業だけでなく観光客のために整備した林道と書いてあったが、この標識を設置した時点では方針が変わっていたようだ。
林道の起点に架かるこの橋は、不動沢橋というらしい。
四隅に親柱があり、銘板が設置されていたが、確認できたのは「不動沢」と「ふどうざわはし」と書かれた2枚だけだ。
残り2枚は、おそらく「不動沢橋」と「(竣工年)」なのだが、1枚は脱落して行方不明、1枚は【看板のせい】
で読めない。
ゲートは開いていても、この橋の感じ(対岸の薄暗さも)を見ただけで、大抵のドライバーは進まないだろう。
橋を渡ると、もう鋪装がなかった。
はじまったぞ、山チャリが。