児童文学をかたち創った歴史と思想。子ども時代の忘れ物を探しに。藤田のぼる氏インタビュー。
大人になってふと読み返した児童文学の深さに驚かされた経験はないだろうか?私たちの感性の根底には間違いなく「児童文学」が息づいているが、いざ言葉にしようとするとその輪郭はどこか曖昧だ。児童文学とは一体何なのか。なぜこれほどまでに多様で、大人の心をも揺さぶるのか。日本児童文学者協会 理事長・藤田のぼる氏に話を伺うと、そこには大人たちが子どもたちのために繰り広げてきた、熱き「思想の戦い」があった。
なぜ「評論家であり、作家」なのか。
-今日は、どうぞよろしくお願いいたします。
藤田:何しろ人間が古いので(笑)。もっと若い評論家だと違った話になるかも知れませんが、私の経験でお答えできる範囲でお話しできればと思います。
-藤田さんは児童文学の「作家」でありながら、実は「評論家」としてのデビューが先なんですよね。失礼ながら「児童文学の評論家」をはじめて知りました。
藤田:無理もありません。初対面の人から「何の仕事ですか?」と聞かれて「児童文学評論家です」とはまず言えませんから。たいがい「子どもの本の関係で…」とか言ってごまかしています(笑)。
-映画の評論家などはよく目にしますが、児童文学と評論って、なんだか結びつかないというか…。
藤田:児童文学ってわざわざ解説してもらわなくても、読めばわかりますししね。でも私は、大人が子どもの言葉で書くこのジャンルこそ、評論が求められると思っているんです。
-先生がデビューした70年代はそういった文化が一般的だったのでしょうか?
藤田:私の言わば恩師にあたる方に、古田足日(ふるたたるひ)という人がいるんです。『おしいれのぼうけん(1974年)』の作者(絵は田畑精一氏)ですね。彼がまさに、評論家であり、作家でした。以前は、評論と創作の両方を書く人は珍しくありませんでした。
-今ではあまりいらっしゃらないように思います。
藤田:児童文学に限らず、例えば日本SF文学なんかもそうだと思うんですが、新しいジャンルが生まれる初期には作家自身が評論家を兼ねることが多いんですよ。まだその世界の「専門家」がいませんからね。作家自身も、ある種の「理論武装」が必要なんでしょう。彼らの影響を受けたせいか、私も最初から両方を書きたいと思いました。
-ただ文学を描くだけではなく、「理論武装」が必要だったのはなぜですか?
藤田:それは児童文学というジャンルの特異性とも関わりますが、日本の児童文学はなだらかに自然と発展してきたわけではないからです。歴史を振り返ると、そこには古い価値観とぶつかり合い、児童文学が大きく変化した「断層」とでも呼ぶべき時代があった。そういうガラリと生まれ変わる時には、過去を否定することで、新しい価値観が生まれる。つまり批評が必要不可欠だったんですね。
芸術か、子どものためか。日本の児童文学を作った2つの「断層」。
-「断層」ですか。それは一体、どういう出来事だったのでしょうか?
藤田:日本の児童文学は明治20年代から始まりますが、大きく分けて2回の「断層」があります。第一の断層は、100年あまり前の大正期です。大正7年、いわゆる大正デモクラシーの時代に、『赤い鳥』という童話・童謡の雑誌が創刊されました。
-どのような雑誌だったのですか?
藤田:夏目漱石の門下であった鈴木三重吉という小説家が、自分の娘が読んでいる児童書の中身があまりに通俗的なのに驚いた。そして「もっと芸術的でなければいけない」と一念発起して創刊したのが『赤い鳥』だと言われています。
-「こんなものは読ませられない!」と子どもの本の世界を変えようとしたんですね。
藤田:そうですね。童謡は詩人の北原白秋に任せて、童話は三重吉が受け持った。彼は、自分の弟弟子にあたる芥川龍之介にも声をかけました。そうして芥川が創刊号に書いた童話が、『蜘蛛の糸』なんです。
-えっ!『蜘蛛の糸』って、そもそもは子どものために書かれたんですか!?それは知りませんでした。
藤田:はい。創刊号には島崎藤村なども作品を寄せています。ただ、鈴木三重吉の理想もよく分かりますが、芸術性や象徴的なテーマ性を追い求めるあまり、この時代の童話には、肝心の「読者である子どものため」という視点がやや抜け落ちてしまったきらいがあったと思います。
-高尚になりすぎて、子どもが純粋に楽しめる作品ではなかったんですね。
藤田:ええ。そこから数十年経った戦後。1960年前後に、言わば第二の断層が起きます。ここで登場するのが、先ほど「評論家であり作家」として名前を挙げた古田足日たちです。私たちは「童話伝統批判」と言っていますが、古田の最初の評論集『現代児童文学論』の冒頭に置かれたのが、『さよなら未明』という評論でした。
-「さよなら未明」?
藤田:はい。未明は、小川未明(おがわみめい)という作家ですね。彼は戦前の童話の世界における、言わば権威の象徴だったんです。
-一体どんな批判をしたのでしょうか。
藤田:相当な徹底批判でした。代表作の『赤いろうそくと人魚』が主にターゲットになっています。確かに詩的で美しいけれど、実は大人の感傷や郷愁、あるいは暗い情念に訴えかけるような面も強かったんです。「今まで『児童文学』とありがたがられてきたものは、大人のノスタルジーを満たすだけのものになっていないか?」と。
-子どもの目線ではなく、大人が感傷に浸るための「お話」になっていたと。
藤田:そうです。古田たちは、「これからの戦後の新しい時代に、子どもたちの心を本当に湧き立てて、自分の頭で論理的に考え、成長を促すような価値観がそこにあるのか?」と、過去の童話の伝統を真っ向から否定したんです。
-ああ、なるほど…!そこで先ほどの「理論武装」に繋がるんですね。ただお話を書くだけではなく、「これからの児童文学はこうあるべきだ」と。
藤田:まさにその通りです。これまでの童話的な作品ではない、本当の意味での「児童文学」をいかにして作っていくか。過去を否定して新しい文化を打ち立てようとしたからこそ、初期の作家たちはみな批評的にならざるを得なかったんです。
-これくらいの時代にそれまでの「童話」をある意味で否定する形で「児童文学」というジャンルが生まれたわけですね。
藤田:そうですね。戦後のこの時期は、岩波書店などから、海外の新しい児童文学が翻訳され、読まれ始めたタイミングでもありました。例えばエーリッヒ・ケストナーの作品などですね。「世界にはこんなに面白くて、真に子どものためになる文学があるじゃないか。それに比べて日本の童話は、なんと大人の感傷に浸っているだけか」という、比較の対象にもなってしまった。
-そうした批評やお手本となる海外作品の流入を経て、実際にはどんな作品が生まれていったのでしょうか?
藤田:その『さよなら未明』の批判と同じ1959年から60年頃にかけて、ほぼ一斉に新しい作品が出版されます。佐藤さとるさんの長編ファンタジー『だれも知らない小さな国』(1959年)や、松谷みよ子さんの『龍の子太郎』(1960年)中川李枝子さんの『いやいやえん』(1962年)などですね。それまで日本の児童文学には、子ども向けにリアルタイムで長編の創作が出る土壌がなかった。批評と同時に、ようやくこうしたエポックメイキングな作品が生み出されたんです。
『ズッコケ三人組』は、子どもを「大人の理想」から解放した。
-1960年代の作品には戦後の価値観変容が色濃く影響されていたんですね。
藤田:60年代から70年代にかけては、古田足日さんや松谷みよ子さんといった、現代の皆さんがイメージされるような、言わば"オーソドックスで真面目"な児童文学が主流でした。
-現在ではある意味"普通の"児童文学として捉えられる作品ですが、当時は革新的であったんですね。
藤田:その後、「断層」というほどには苛烈ではないですが、1980年前後に出版の世界がゆっくりと、でも明らかに変わります。
-1980年代に何があったのでしょうか?
藤田:その頃、テレビゲームやビデオデッキが普及し始めて、映像コンテンツの利便性が飛躍的に上がり、子どもたちが本から離れていくかもしれないという危機感がありました。「より子どもたちが楽しめるものを」ということで、児童文学のエンタメ化が始まっていくわけです。その先駆けであり、後のメディアミックス展開などの走りとも言えるのが、1978年から始まった那須正幹さんの『ズッコケ三人組』シリーズや、82年からの寺村輝夫さんの『こまったさん』『わかったさん』シリーズだと思いますね。
-私はまさに『ズッコケ三人組』のドンピシャ世代です。私の時代には確かにシリーズものとして何十冊も続く作品も多かった気がします。
藤田:『ズッコケ三人組』は、画期的な作品でした。ただ、あれがなぜ当時の子どもたちにあれほど熱狂的に受け入れられたのか。私は、単にエンタメ化というだけでなく、ある種の「シミュレーション小説」だったからだと思っています。
-シミュレーション小説、ですか?どういうことでしょうか。
藤田:先ほどの、戦後(1960年代〜70年代半ば)現代児童文学のスタートを牽引した作家たち…佐藤さとるさんや古田さんたちは、大正の末から昭和の初め頃に生まれた世代です。つまり、自分自身が思い切り「軍国少年・軍国少女」だった人たちなんですね。
-ああ…なるほど。多感な時期を戦争の中で過ごした世代。
藤田:戦前は心底「お国のために」と信じていたわけです。ところが、敗戦によってその価値観がガラッと変わってしまった。「自分が信じていたものは何だったんだ」と。彼らはその間隙を埋め、自分自身の新しい価値観を作り、確認してゆくために、児童文学を書いたのではないかと。
-ある意味で、自分自身のアイデンティティや、失われた子ども時代を作り直すための創作だったと。
藤田:そうなんです。だからこそ、当時の作品はどうしても「テーマ先行」になりがちでした。「日本が二度と軍国主義にならないために、人間はどう生きるべきか」という、作家自身の重いテーマや理想像を、登場人物である子どもたちに背負わせていた構図の作品が多かった。
-なるほど…!
藤田:もちろん、その真面目さや理想主義が感動を呼ぶこともありました。でも、時代がどんどん豊かになっていく中で、「人間はどう生きるべきか」なんて重いというか、まっすぐなテーマを背負わされていては、大人も子どもも窮屈ですよね(笑)。
-確かに窮屈です(笑)。
藤田:そこに風穴を開けたのが那須さんの『ズッコケ三人組』だったんです。主人公のハチベエ、ハカセ、モーちゃんの3人は高尚なテーマをあまり持ち出さないイメージがありませんか?
-感動するシーンはありましたが、確かにエンタテインメントの印象が強いです。
藤田:そうでしょう?那須さんは「人間はどう生きるべきか」という作家の思想や理想を押し付けるのではなく、まずは舞台や事件、個性的なキャラクターといった「設定」を第一義に考えたと思います。「この3人をこういう状況に放り込んだら、こいつらどう動くかな?」「家出をさせたら、どうなるかな?」と。私はそういう作品のありようを「シミュレーション」と呼んでいるんです。
-設定の中でキャラクターが自律的に動くのを楽しむわけですね。純粋に「もし自分たちがこんな状況に陥ったらどうなるか」を疑似体験できる、まさにシミュレーション。
藤田:ええ。大人も子どもも「何が理想か」必ずしも明確でない時代に、物語はどうあり得るのか。そこに「試しにこうやってみたら面白いんじゃない?」というメッセージを発信し、子どもたちを大人の理想から解放したのが、『ズッコケ三人組』だったんだと思います。
-ちなみに『ズッコケ三人組』はその後、何十年も続く大ベストセラーになりましたね。
藤田:ええ、ただ那須さんは50巻で潔くシリーズを完結させました。個人的にも親しかったので「もう少し続けたら?」とも言ったんですが、彼には「もう今の子たちには合わなくなってきている」という作家の直感があったと思います。時代がまた一つ大きく変わったことを敏感に感じ取っていたのでしょうね。
なぜ日本の児童文学は誰もが知る主人公がいないのか。
-そうしたエポックメイキングな作品がありつつも、私たちが「永遠の名作」として思い浮かべるのは、やはり戦後の古い作品や『赤毛のアン』のような海外の古典が多い気がします。批評の時代を経たからこそ、時代を超える強度があったのでしょうか?
藤田:そこはね、日本と海外…特に西洋の児童文学の視点の違いという、独特で面白い問題が関係しているように思いますね。
-どういうことですか?
藤田:例えば西洋には『赤毛のアン』や『ハイジ』、あるいは『若草物語』のような、誰でも知っている「決定版」と呼べる古典がたくさんありますよね。でも、日本の児童文学で100年以上経っても誰もが知っている作品となると…宮沢賢治くらいではないでしょうか?
-言われてみれば、確かに…!日本発祥で、国民全員が名前とストーリーを言える児童文学の主人公って、意外と思いつきません。
藤田:そうなんです。日本ではなぜそういう代表的な作品、誰の心にも残る「決定版の主人公」が出てこないのか。これは児童文学界でもよく問題になります。
-なぜなんでしょうか?
藤田:日本で大人も含めて国民的に読まれた児童文学の傾向にヒントがありそうです。例えば、戦後まもなく書かれた壺井栄の『二十四の瞳』や、1970〜80年代に爆発的に読まれた灰谷健次郎の『兎の眼』などの作品を知っていますか。
-どちらも有名な名作ですね。
藤田:もし読まれているようでしたら、思い出してみてください。あの作品群の中で強烈に印象に残っているのは、大人である「先生」ではありませんか?
-ああっ!確かに大石先生や、小谷先生の印象が強烈です。子どもたちはむしろ、集団として描かれているというか…。
藤田:そうなんです。そこではむしろ大人の側から見た子どもが描かれていて、子ども自身の影は意外と薄い。一方で『赤毛のアン』や『ハックルベリー・フィンの冒険』で心に残るのは、間違いなく主人公である「子ども自身」ですよね。
-そう言われてみると、日本の名作は「主人公の強烈な個性」よりも、先生と生徒といった「関係性」を描くことに重きを置いている気がします。
藤田:おっしゃる通りです。外国に比べて、日本は学校ものの作品が圧倒的に多いのも特徴だと思います。それは児童文学に限らず、『3年B組金八先生』や『熱中時代』といったテレビドラマの学園モノが国民的にヒットしたこととも共通しているのではないかと。日本特有の文化風土として、読者の側も個の活躍より「関係性」に感動を覚えやすいのかもしれません。極端な話、日本の児童文学には、誰の心にも残るような「子ども」が、実はまだ書かれていないんじゃないかという意見もあるくらいです。
-言われてみると、子供の主人公をパッと思い出せるのは海外作品かもしれませんね。確かに海外の作品との視点の差を感じます。
藤田:ええ。そしてこの「関係性」の描かれ方は、多様なテーマが扱われるようになった現代も、常に日本の児童文学の大きな課題であり続けているかも知れません。
-現代では、多様なテーマが描かれているんですか?
藤田:例えば1980年代後半から、今江祥智さんの『優しさごっこ』や、ひこ・田中さんの『お引越し』など、親の離婚といった大人の問題が児童文学の題材として目立つようになってきました。現実の社会がそうなのだから、当然ですよね。ただ、こうした問題を子ども向けに描くのは非常に難しい。一歩間違えると、「大人の自己弁護の文学」になってしまいます。
-確かに。リアリティがあるからいいというものでもありませんからね。
藤田:ええ。親の不倫や離婚といった現実を前に、大人と子どもがどう向き合うか…。親と子が「個」として向き合うことの苦手な日本で、それを児童文学として描くのはとても難しいです。実は、世界の児童文学の言わば始まりの時代に、親子の問題、家族のありかたというのは大きなテーマでした。おもしろいのは、トム・ソーヤーやハックルベリ・フィンを始め、「ハイジ」「小公子」「赤毛のアン」「秘密の花園」といった作品が、みんな実の親子ではないんですね。
-言われてみれば、確かにそうですね!
藤田:この時代は子どもが親の従属物ではなく、家族を構成する一員として認められた時代だと思いますが、実の親子ではないからこそ、親子、家族のありようがクローズアップされる。ある意味、同じように、80年代あたりからの日本の児童文学で、親の不和や離婚を描くことで、逆説的に親と子、大人と子どもの関係性が浮き上がってくる、そういう問題提起になっていたと思います。
-なるほど。もう少し現代に近づき、90年代以降、ライトノベルの台頭などもあり、大人が読む小説と子どもが読む本の境界自体がなくなってきているようにも感じます。
藤田:80年代のエンタメ化以降、90年代に入るとあさのあつこさんや森絵都さんのような作家が登場しました。彼女たちは児童文学から出発して、一般の大人向け文芸にも大きな影響を与えました。現代は、大人の抱える生きづらさと、子どもの生きる課題が重なってきているんです。だからこそ、大人の文学と児童文学の垣根が以前よりも曖昧になってきていると言えるかもしれませんね。
-かなり駆け足で児童文学の歴史を話していただきましたが、それぞれの時代でかなり差がありますよね。大人になってからの影響って、何かしらの研究をされているんですか?
藤田:影響を量的に検証するのはなかなか難しいですね。ただ、個々の読者、特に「大人になって作家や表現者になった人」を通して見ることはできます。彼らはよくエッセイなどで「子どもの頃にこれを読んだ」と書いていますから。例えば、佐藤さとるさんの『だれも知らない小さな国』。シリーズが講談社文庫になった時、その巻末の解説を錚々たる小説家たちが書いているんです。それを見て、改めて児童文学の影響力のすごさに驚かされました。
-ああ、なるほど!文庫の解説を読むと、その作品がどんな人たちに影響を与えたのかが分かるんですね。
藤田:そうなんです。日本の児童文学は西洋の古典に比べるとあまり影響力がないんじゃないかと思っていた時期もありましたが、そうした解説陣の顔ぶれを見ると、大人の表現者たちの根底にしっかり影響を与えているのだとびっくりしましたね。
児童文学の芯が「空洞化」する現代。
-これからの児童文学についてお聞きします。子どもの頃に読み親しんだ本が本屋の棚から減っていたり、少し寂しさを感じることもあるのですが、今後、児童文学はどのようになっていくべきだとお考えですか?
藤田:ひとつ危惧しているのは、児童文学の「二極化」が進んでいることです。一方は、大人の小説と区別がつかないような高学年・中高生向けの作品。もう一方は、小さい子どものための絵本です。この2つはそれぞれ確かに進化しているのですが、児童文学の「芯」であるべき小学校中学年向けあたりの作品に、なかなかいい作品が出てこないんです。
-一番子どもが読書が好きになる時期でもある気がします。『ズッコケ三人組』などもまさにその世代向けです。なぜそこが抜け落ちてしまうのでしょうか?
藤田:一番、書くのが難しいからではないでしょうか。高学年向けのように心理の奥底を複雑に描くわけにはいかないし、かといって絵本のようにシンプルな表現で楽しませるだけでもない。このグレードこそが技術的に非常に高度なバランスが求められる「プロでないと書けない場所」なんですよ。
-なるほど…。作家が「自分の自己表現をしたい」と思えば年齢層が上に行き、「ただ楽しませたい」と思えば下に行く。結果として、真ん中がスコーンと抜けてしまうんですね。
藤田:ええ。現状その年代の作品が言わば「空洞化」してると言えます。だからこそ今、この一番難しい真ん中の世代に向けて、プロの作家たちを育てる必要があると思います。そのためにも、それを支える「批評」の文化も取り戻していかなければならないと思っています。
「大人が子どもに向けて書く」という、奇妙で不思議な行為。
-あえて根本的な質問をさせてください。藤田先生にとって、ズバリ「児童文学」とは一体何なのでしょうか?
藤田:非常に哲学的な問いですね。人間を大きく2つの対立軸で考えると、2つのパターンがありますね。1つは「男と女」。もう1つは「大人と子ども」です。
-「大人と子ども」ですか。
藤田:男と女は、例外もありますが、どういった性別であれ基本的には交わらない別々の存在です。しかし「大人と子ども」の関係には、圧倒的で非対称な事実が横たわっています。それは、大人は全員「必ず子どもだった」けれど、子どもは誰一人として「まだ大人だったことがない」ということです。
-確かに!言われてみれば、ものすごく一方的な関係ですね。
藤田:そうなんです。大人は子ども時代のすべてを知っている気になっているけれど、子どもは大人たちの見ている景色を全く知らない。つまり、構造上ものすごく「権力的」になりやすい関係なんです。
-圧倒的な情報の非対称性があるわけですね。
藤田:だから、権力的に優位な立場にいる大人が、「子どものための言葉」で書こうとすると、普通はどうしても上位からの関係になってしまう。「説教」みたいになってしまうんです。
-なるほど!説教くさくなりやすい構造なんですね。
藤田:ええ。でも、児童文学の名作と呼ばれるものは、なぜか説教くさくない。大人が書いているのに、子どもが心から共感し、感動を呼ぶストーリーに昇華されているんです。
-圧倒的な権力構造があるはずなのに、なぜか対等に、子ども自身の物語として成立している…。
藤田:考えてみたら、ものすごく奇妙で、不思議な行為だと思いませんか?大人が子どもに向けて書くという行為が、単なる説教に終わらず「自己表現」として、そして「文学」として成立し得るのか。私はもう50年も、その答えの出ない不思議さを追いかけているのだと思います。
-大人と子供の視点の差、すごく考えさせられますね。
藤田:「どういう人が児童文学の作家になるんですか?」と聞かれた時、私はこう言うんです。「子ども時代に、忘れ物をしてきた人です」と。少し煙に巻くような答えかもしれませんがね(笑)。
-素敵な表現です。
藤田:ありがとう。大人は子ども時代に何かを忘れてきちゃって、ずっと気になっている。「あれは何だったんだろう」と思い出したいから、また子どもの世界に帰っていく。実は人間にとって、そういう作業はとても大事なことで、それを言わば引き受けているのが児童文学というジャンルなのかもしれないと思ったりしているんです。
これからの世界で失いたくないもの。
-では最後の質問です。藤田先生が「これからの世界で失いたくないもの」は何ですか?
藤田:人や本との「出会い」ですね。私自身、この道に入ったのはある決定的な「本との出会い」があったからなんです。
-どんな出会いだったのでしょうか?
藤田:団塊の世代である私が大学1年生だった1968年は、6月に大学がロックアウトされ、機動隊が入ってくるような学園紛争の真っ只中でした。学生たちが、極めて観念的で難しいイデオロギーの言葉を交わしているような時代です。そんな中で、私は斎藤隆介さんの『八郎』という作品に出会いました。私は秋田出身なのですが、その『八郎』は、全編が見事な「秋田弁」で書かれていたんです。私が子どもの頃から当たり前に使ってきた素朴な言葉で、こんなにも深いことが語れるのかと。観念的な言葉とは真逆のところにある言葉の力に、とてつもないショックを受けました。
-作者であり、本であり、言葉に出会ったわけですね。
藤田:あの時代、あのタイミングであの本に出会ったからこそ、私は深くこの世界に惹きつけられたんだと思います。
だからこそ、子どもたちが良いタイミングで良い本と出会うための「場」…本屋や図書館といった場所も大事にしていけたらいいなと思いますね。
Less is More.
私たち大人はみな、かつて子どもだった。あの頃に夢中になった物語の裏側には、新しい時代の価値観を模索し、必死に「子どものための言葉」を紡ごうとした大人たちの熱い思想の戦いがあった。
大人になり、日々の忙しさに追われて何か大切なものを忘れてしまったと感じたなら、ふらりと児童文学のページを開いてみてはどうだろうか。もしかすると、あなたが置いてきた「忘れ物」が見つかるかもしれない。
(おわり)





深いおはなしありがとうございます。私も暗い小川未明のはなしの記憶が小学生の読書の記憶に有ります 藤田さんの本は書評で惹かれ、図書館で借りました。とても興味深い本でした! noteでのお話を読んで改めてもっと児童文学を読みたいです。忘れものを探しにいきます。
ご感想ありがとうございます!我々も忘れ物を探すように運営を頑張りたいと思います!ぜひまたコメントいただければ嬉しいです。