山田五郎先生が亡くなられました。
いつかは……とは思っていましたが、やはりこの日が来ると実に呆気なく、唖然としております。
関係のない話かも知れないですが、今日は昼飯にと向かった長年お気に入りの町中華の店が二件とも閉店となっており、ショックに打ちひしがれて暑さも相俟ってヘトヘトになって作業会場に向かったらなんと中央線の人身事故で作業開始が1時間遅れる……という、とことんツイていない日でもありました。
そこへこの報。
誠に残念です。今日は必要以上に疲れました。
大学時代、美学美術史学専攻でありながら毎日アニメ三昧でロクに勉強、特に西洋美術史の勉強をしなかった僕にとって、美術とは一種のコンプレックスでありました。
それを埋めてくれたのがYouTubeにおける山田先生の「オトナの教養講座」でした。
業界に入ってある程度は勉強していましたが、美術史の「全容」「縦線」を知らない僕にとって、先生の講義は明るく楽しく面白く、飽きさせない魅力があり、かつ「(西洋)美術史」の権威としてのプライドを持ったカリキュラムが精細に組まれていました。
僕は夢中になって動画を観漁りました。一時期は毎日、一日中彼の動画をヘビロテしてました。
山田先生こそが、僕にとっての「美術史の先生」となった訳です。
そして何より、僕が長年さほど評価していなかった、フィンセント・ファン・ゴッホの存在に気付かせてくれたのも先生でした。
彼のゴッホに対する愛情たっぷりの講義は僕に火を点け、40歳もとうに過ぎてから初めてゴッホの展覧会に赴き、本物の絵のその圧倒的な輝きに胸打たれたのであります。
先生が印象派、新印象派を語る時の熱の凄まじさは今でも興奮が止まりません。
かと思えば、僕が高校生の時から好きだったジャン=レオン・ジェロームにも言及され、アンリ・ルソーやポール・セザンヌ、ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオの語りに大笑いし、とにかく「かゆい所に手が届く」解説は感動的でした。映画ではあの名士・淀川長治を思い出させます。
歯に衣着せぬ物言いかと思いきや、美術・芸術への愛を迸らせるその語り口。
僕だけでなく、多くの人々がそれに魅了されたことでしょう。
もう今後この名調子が聴けなくなるのが本当に残念です。いや、まだ信じられません。
しかし彼は最後の最後まで、大好きだった美術の世界を語り続けたことに、頭の下がる想いです。
本当に「好き」だということは、ご本人の人生をこうも輝かせるものなのだと。
いつもネガティブなことばかり言っている僕には到底敵いません。
「最後の講義」は覚悟を決めて、「メメント・モリ」だと聞いています。
先生の声と共に、その人生の深奥を噛みしめるように拝聴したいと思っています。
そしていつものように笑いたいな。
本物の評論家でした。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。









