滔々と 私の大河 > 江刺みゆきさん 第4部・漁協女性部長編 (9)クジラの食べ方、宮水生に紹介

宮城水産高の生徒にクジラの皮の切り方を指南する江刺さん(左)。東日本大震災後も同校での料理教室を続けた=2017年7月

 地元での食育で言うと、宮城水産高では、クジラ料理の教室を開かせてもらったんだよ。石巻魚市場に提供してもらったクジラ肉を使ってさ。高校生はもうほとんど大人でしょう。だから生肉を食べさせたり、竜田揚げに挑戦してもらったり、いろいろやったね。

 きっかけはやっぱり、2001年の日新丸の寄港に合わせてクジラ汁を振る舞ったことだね。そして07年に石巻で「全国鯨フォーラム」が開かれたのも大きかった。フォーラムで生徒さんたちが発表するために、高校から石巻地区漁協の女性部に対して、調理実習のお願いがあったのよ。

 最初の年は竜田揚げや炊き込みご飯を作った。脂の付いた白い皮をご飯に入れて。でも臭くて食べられないって言う生徒もいたの。水産高でも、やっぱり好き嫌いは十人十色ね。でも初めて食べた子で「あ、おいしい」って言う子もいて、うれしかった。

 私が子どもの頃は、鮎川のクジラ屋さんから肉を買ってたんだ。当時はミンクよりもマッコウクジラが多かった。荻浜ではクジラが珍しかったんだ。小魚だのは捕れるけど、クジラは鮎川さ行かねえと食べられねえから。だからクジラ肉なんて、持ってきてもらってもすぐ売れるんだ。だからクジラ屋さんは「んでまた明日くっから」って、次の日も来てくれた。

 クジラ屋さんは鮎川から自転車で来てたんだよ。荷台に肉の入った缶を詰んで、朝早く、6時か7時頃にさ。週に2、3回は来てくれた。道路だって悪かっただろうけど、荻浜では売れるからよく来たんだね。商売だとしても感心するよ。

 マッコウクジラはおいしかったよ。みそ漬けにして、焼くと軟らかいのね。昔は冷蔵庫なんかねえから、買えばすぐ食べなくちゃないっちゃ。でも初めの頃は刺し身で食べるってことがなくて、塩に漬けておいてた。そして干すと硬くなんだけど、小さい時は歯も丈夫だったからさ。硬いのが好きで、よく弁当のおかずにしてもらった。

 刺し身は誰かが食べ出したんだね。「お、マッコウクジラの刺し身、ニンニクで食ったっけ、うんめかったど」ってうわさで広がった。みんな連鎖的に食べてみて「うんめえど」ってなったんだ。

 刺し身だと、ミンクに比べると血が多いんだよね。でも、鮎川に揚がったのをすぐ持ってきてくれたから、生きは良かった。うちの母親なんて、その血にしょうゆとお湯をさして飲んでたの。血がもったいないぞってね。私も母似だったから、よくまねした。あれはおいしかった。

 高校生になるぐらいまで、しばらくはクジラ屋さんも来てくれてたんだけどもね。その後は石巻の店なんかにも売ってるようになって、そっちから買って食べたけど高かった。そしてだんだんミンクの方が多くなったの。私はどっちかっていうとマッコウクジラが好きだったから、あんまり食べなくなったのね。

 今はクジラなんて本当になかなか食べられないね。昔はとにかく毎日クジラだったんだよ。

(元県漁協女性部連絡協議会会長)

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