(耕論)今こそ図書館 手塚美希さん、片山善博さん、小林昌樹さん
誰でも無料で本や情報に触れられる公立図書館。近年は各地で統廃合がらみのニュースが流れたり、新しい取り組みが注目されたり。今こそ見つめ直したい原点や価値、そして課題は。
■人つなぐ拠点、遊びも応援 手塚美希さん(岩手県紫波町図書館主任司書)
紫波(しわ)町は盛岡市の南、人口3万人ほどのベッドタウンです。紫波町図書館では、「夜のとしょかん」という催しを、一日の仕事を終えた人が参加しやすい閉館後に続けています。
年3、4回で、演題は情報論、岩手県論、食など様々ですが、参加者の皆さんはゲストの話に聴き入った後、会話を楽しむ風景も見られます。60人を超す回もあります。
最近のイベントは他に、内容も題名もうろ覚えだけど印象に残る一冊を司書と探す「メモリー・ブックカフェ」や、お気に入りのCDを持ち寄って聴く「おんがくとしょかん」など。先日は、町内の商店街で出張図書館もしました。人々が集い、つながるための拠点でありたい。そんな目標を胸に取り組んでいます。
開館は2012年。市民団体の熱心な働きかけがあり、「『知りたい』『学びたい』『遊びたい』を支援する」という基本構想の策定にもつながったと聞いています。最後の「遊びたい」は従来の図書館像にはめずらしいコンセプト。全国的にも早いほうだったかもしれません。その協働から、BGMを流し飲食も会話もOKとする運営方針が固まりました。
基幹産業の農業はもちろん、町の様々な課題に、図書館はもっと貢献していきたいです。司書はどんどん外に出て人々と雑談し、何に興味がありどんな悩みを抱えているのか知ろうとしなければ。たとえば福祉・医療関係者のミーティングに足を運ぶと、本当にそろえるべき情報が見えてくる。図書館の本を借りた方が、のちに認知症カフェを開いた例もありました。
こうした、いろいろな仕掛けや活動をする中でも、中心に本がある点は変わりません。約13万冊の蔵書は決して多くありませんが、世界へつながる「窓」ですから。本を読むのが面倒だと感じる人が増え、特に若い世代にどう届けるかは難しいところです。とにかく手に取ってもらうこと。漫画や映像資料も入れて、工夫をこらしています。一方、資料費の制約も厳しい時代です。読者が少ない本も厳選して購入するようにしています。
先日も、カウンターで「就活で疲れたけど、頑張りたい。おすすめの本はないですか?」と若い方に聞かれました。図書館への期待を感じますよね。人と情報をつなぎ、可能性を広げていく。時代にあわせたきっかけ作りを、迷いつつ、模索していこうと思います。(聞き手・藤生京子)
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てづかみき 千葉県浦安市立図書館、秋田県立図書館を経て紫波町へ。紫波町図書館は2019年の全米図書館年次総会で活動内容を発表した。
図書館は「民主主義の砦(とりで)」です。
地方自治は市民が主体的に考え、課題を自ら解決していく営みです。しかし現実には、そうした自立的な市民が育つための環境は経済力や市場の論理に左右されてしまう。その中で公共図書館は、本を買えない家庭にも無料で質の高い読書環境を提供し、誰もが平等にアクセスできる、格差是正の機能も備えた知的自立支援の拠点なのです。
鳥取県知事時代、「知の地域づくり」を掲げ、図書館行政を地域振興の中核に据えました。県立図書館長にエース級職員を登用し、年間約1億円の図書購入費を確保し、ビジネス支援といった課題解決型レファレンスサービスを立ち上げました。地域が自立を果たすには、補助金ばかり頼るのでなく、住民が主体的に情報を得ていく知的拠点こそが必要と考えたからです。
昨今はSNSやAIの普及で民主主義を脅かす偽情報が氾濫(はんらん)し、市民にはリテラシー能力を磨くことが求められています。書店が10年で3割も減り、無書店自治体は3割に及んでいます。多様な専門書が体系的に蓄積され、自分と異なる価値観の書物に出会える図書館の役割は以前にも増して重要になっています。
最大の財産は、専門知識と志をもって住民に寄り添う司書の存在です。利用者のニーズを丁寧に聴き、最適な資料に接続する。こうした制度と人材に支えられ人々が公共的な知へ手を伸ばす回路が開かれます。
しかし近年、その基盤は揺らいでいます。人口減や財政難を背景に、各地で図書館の統廃合や見直しの動きが進んでいます。図書購入予算は全国的に下降傾向が続き、一方で貸出冊数など目先の指標が重視され、選書がベストセラーに偏る傾向も指摘されています。
特に懸念を抱くのは、指定管理者や民間への委託です。その結果、正規の司書が減り、業務の最前線の実動部隊が不安定雇用に置かれるように。経営効率化の要請に駆られるあまり、本来の図書館の使命を見失っているとしか思えません。
公立学校の図書室の環境整備も不十分です。国の基準では12学級以上の学校に司書教諭の配置義務がありますが、これでは地方の小規模校は該当しません。
従来の施設や雇用をすべて維持することが難しいのは事実でしょう。それでも、効率性では測れない「人間への投資」を単なるコストと見なすなら、その社会に未来はありません。(聞き手・石川智也)
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かたやまよしひろ 1951年生まれ。大正大学特任教授。74年に自治省入省。99年から鳥取県知事2期、2010年に総務相。慶応義塾大教授などを歴任。
■デジタルと紙、豊かな往還 小林昌樹さん(近代出版研究所所長・元国立国会図書館職員)
日本の近代図書館の歴史は、明治維新後まもない1872年、東京・湯島に文部省が設立した書籍(しょじゃく)館に始まります。戦前は有力な私立図書館も多く、図書館は公私立あわせて全国で4千以上ありました。もっとも当時はおおむね有料で、蔵書は硬い本が中心。利用者は学生や知識人、一部の読書人に限られていました。
戦後の民主化の中で1950年に図書館法が制定され、図書館は無料になり市民に開放されましたが、相変わらず限られた人々のものといえました。それをもっと身近にすることをめざした運動が、60年代からうまれます。貸し出しを重視し、読書人だけでなく一般向けの閲覧席、児童向けのサービスも拡充しました。書籍をリクエストに応じて買う幅も広がりました。
そうした機運は支持を集める一方、時に批判も受けます。ベストセラー本の大量貸し出しの是非が問われた90年代末からの「無料貸本屋論争」は、今に至るまで出版社の不満がくすぶり続けているといわれます。2010年代、レンタル大手を指定管理者とした図書館の選書のあり方などが批判されたこともありました。
ただ長い目でみれば、図書館はより多くの人々に向けてサービスを拡充し、支持されてきた。社会の大衆化や知の世界のフラット化も進み、方向性を大きく逆戻りさせるのは現実的でないかもしれません。図書館側が「こうあるべきだ」となりすぎていた面もあったのではないかと思います。
たとえば4年前にリニューアルした石川県立図書館は、充実した蔵書を保ちながら、利用者がリラックスして過ごすエリアもある。雰囲気もいい。教育施設の役割と、人々が集う機能との折衷は、一つの可能性を示している気がします。
デジタル化の遅れが指摘されてきた図書館界も、やっと本腰を入れています。利用者にはチャンスです。デジタルが不得手な人もスタッフを活用してほしい。そしてサポートを受けた後は自分で挑戦する。自分で調べることが図書館の醍醐(だいご)味の一つです。デジタルで調べて紙の本にあたる、紙で情報を得てデジタルで調べる――。同時並行で使うことが肝心です。図書館は、その豊かな往還ができる、またとない場所ですから。
たった一つのテーマでも、図書館にはたくさんの資料がある。時空をこえた著者との出会いが待っています。深い森に分け入る楽しさを、どうか味わってください。(聞き手・藤生京子)
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こばやしまさき 1967年生まれ。92年から国会図書館に勤務、16年間にわたりレファレンス(調べ物)を担当。著書に「調べる技術」「立ち読みの歴史」。
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