本当2
本当を書きます。好きに書かせろ。
弱者であることに味をしめ始めたのは高校に入ってからで、中学までは達観!冷笑!みたいな斜に構えた上から目線のスカし野郎だった。最悪(ごめん、同窓会には行けません。今、穴の中にいます。)。根暗は知性の証なんだっつうの!!
通信を打診(韻)したけど、人付き合いを諦めないでほしいと縋られ、デザイン系の全日制高校に進学。
美術が人より多少出来て(卒業制作に行き詰まった美大生が自分とは何か模索する中で"日本人"という生まれを自身のアイデンティティとして和を表現し始めるように)、自分にはそれしかないと思っていた。
座学好きじゃないし、美術系の尖った人の中なら無個性な性悪人(しょうわるんちゅ)も溶け込めるかもと思っていた。
変わらず根暗も根暗だった為、授業外で人に話しかけるなんてことは当たり前にできず、いわゆる"友達は多いほどいいよね"派の人間を仲介に交友を広げていった。卒業後今でも仲良くしてくれている友人は3人(現在彼女らはDV家庭の2浪・整形依存の地雷系専門学生・鬱病のフリーター)。このコミュニティは長女と呼ばれていて、納得のひねくれ具合。類は友を呼ぶ。
私はこの狭いコミュニティで高校生活を過ごし、今でも一番の信頼を置いている。故に本来は墓場に持っていくべき数々を沢山共有してきた。
工業高校だったこともあり、いや、最早そんなことは関係なしに年頃のガキが想像できる逸脱行為を一通りきちんと学んだ。
私含めた長女の3/4は意識を朦朧とさせる液体にズブズブで、週に1~2回はそのような遊び方をして終電で帰っていた。
横浜駅にはまねきねこが5店舗程あり、少し駅を離れれば外国人が働くコンビニも沢山あった。気が確かであったならポイントカードを6枚は埋められていたのではないかというほどアウラに通った。新宿へも東海道線ですぐだったので月1でそのあたりの繁華街を練り歩いた。
彼女らは良い意味で他人への期待が薄く、とにかく予測不能で奇天烈な人間が好きで、初めは自身の根底にある気持ち悪い部分を露呈し面白がってもらえるだけで十分気持ちよかった。段々、停滞していればいつか飽きられるのではないかと思うようになり、芸とは呼べないキレ芸を披露し、ヤケになって人に奢りまくり、アルハラを喜んで受け取り、もう何のために友人が欲しいのかも分からない(ピエロの完成)。私が自身のキャラクター性を意識し始めたのはその影響が大きいように思う。
私はとても褒められた人じゃないから、そういう面白がり方でいつまでも側にいてくれる友人は有り難かった。人に求めるものがわかりやすい人達だから、効率厨、メリデメ思考、アスペ傾向の私には気楽な関係でもあった。
何度も手を噛んでしまってごめん。仲良くしてくれてありがとう。
大学に入って、多少は丸くなった。というか、友人の前でどこまで我を出していいか探るのが上手になった。結局人付き合いって経験で学習するものだよね。
それでもまだ友人にお金を使いたがったり、卑下してもらいたがったりする。正しい構って貰い方が分からない、甘え方が分からない。
だから私はどうすればこの"最悪"を脱却できるかというと、


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