大道場修行者の声

~受講者感想文より〜

みたまを磨いて正しい生き方を
母の勧めを受け、半ば親孝行のつもりで参加しました。しかし、参加して考えが大きく変わりました。一つは「霊主体従」の考え方。今、世界情勢は核に代表される「力には力を」という考え方が主流であり、核兵器を持たない日本が対抗できる手段はなく、アメリカに追従するしか生き残れないと思っていました。しかしながら、霊主体従、霊界の存在を広めることにより、日本としての役割、大本の役割、私の役割があることに気付かされました。これにより、現界での人間の行動が見直され、このことが、世界平和につながるものと確信するに至りました。二つ目は「みたま磨き」です。両聖地の美しく凛とした神苑、神殿、職員の方々、参拝者の方とのあいさつ、修行仲間との交流を通し、とてもすがすがしい気持ちになり、心が洗われるのを感じました。また数々の大本の教え、書物、芸術作品の素晴らしさ、本物が持つ力を目の当たりにし、とても感動しました。そして講座の中で繰り返し教えていただいた、開祖さま・聖師さまの「預言」「奇跡」には、神さまの存在、霊界の実在を信じざるを得ない、圧倒的な力を感じさせられました。正しい生活、生き方をするために、みたま磨きを心掛けたいと思います。(京都府・66歳)

人生を前向きに楽しみたい
人の道を幸せに生きていくために大切なことを教えていただきました。また、この世の人類が何に目覚めていくのか、今の時代に何が起きていくのか、私はそこにどうお手伝いさせていただければいいのか、教えていただきました。天国を作るには、まず自らの内に天国を持たなければならない、という四代さまのお言葉に、自分にとっての天国とは何だろうと考えさせられました。私は世のため人のため、目の前の人の笑顔を見るためにずっと力を尽くしてきましたが、いつも心の中には、自分だけ幸せになれていないという思いがあり、寂しくもあり、自分に自信が持てず苦しんでおりました。今回、修行を通して毎日の祈りや仕事の中に楽しみを持つことで、自らの幸せと自信を手にしてみようと希望を持つことができました。ありがとうございました。共に天国をつくる仲間を見つけ、前向きに楽しもうと思います。(東京都・52歳)

心が浄化された
全く何も知らないまま、導かれるように参加させていただきました。祝詞を唱えるのも初めてで、初日、2日目は付いていくのに必死でしたが、講義を受け内容を理解するにつれ、ありがたいと自然と涙があふれ、心が浄化されていきました。毎日規則正しい生活を送り、家に帰ったら早速、窓を丁寧に拭き上げたいと思いました。亀岡・綾部でご案内・ご指導いただいた方々にも悩みを聞いていただき、心がスッキリ、最終日には晴れ晴れとした気持ちで帰ることができました。家に帰ってからが修行と言われていたので、講師の方々に教えていただいたことを振り返り、テキストをじっくり読んでみたいと思います。また、ぜひ参加したいです。(千葉県・54歳)

愛にあふれた修行
この度は、私たちの修行に心を尽くしていただきありがとうございました。修行とは厳しくつらいことの他を知らず、このように愛にあふれた修行は初めてでした。皆さまのおもてなしに、「人は神の子」と感じることができました。大本の歴史の中、神とは何か、どのように体現していくかと常に向き合われたカタチが今在ることに感動し、感謝しかありません。私たちが地上天国をつくるに当たり、とても大切な、必要なことを学ばせていただき、この世にますます広まっていくことを祈り、体現していきたく思います。スピリチュアルをリアルに、明確に伝えることをこれからの楽しみとしていきます。また参加します。(石川県・54歳)

まずは足元の始末から
特に印象に残っているのは、講師の皆さま方の温かな笑顔、包み込むような雰囲気です。お一人お一人が真摯に日々過ごされていることが、何も話さなくても伝わってきました。また所作の美しさに魅了されました。大本が芸術を大切にされていること、三代教主さまの「宗教即芸術即生活」が実践されていることを体感しました。歴代の教主さま方の生い立ちや人間性など、他では知り得ないことを学ばせていただき、その尊さと共に身近に感じることもできました。地上天国はここにあったのだと感じた一方、修行が終わってからが修行だと教えていただきましたので、明日からまずは足元の始末を続けていき、自らを省みていこうと思います。身の回りを地上天国にして、広げていきたいです。(三重県・50歳)

時間を忘れてしまうほど
2泊以上の外泊は一人でできないと思い込んでいた自分。今回この大道場修行に来ることができました。修行で見聞きした、目に見える以外の世界をはっきりと確信し、小さな世界で人の目を気にして生きてきたことを改めようと思えました。死は終わりではないこと、そして今世を終えるまでは自分の命が輝くように生きます。先生お一人お一人のお話が魅力的で、時間を忘れてしまうほどでした。亀岡も綾部も、神苑の美しい景色にお手入れされている方のお心が現れていることに感銘を受けました。(東京都・53歳)

1年に1度は受けたい
大道場修行に参加できたことに心から感謝しています。ここにつながれたご縁やタイミングにも感謝しています。知識として学んだことも多かったですが、やはり五感を通して体験したこと、味わったことが心に刻まれたような気がします。日数を重ねるごとに、自分の中にある汚れが鏡に映るように見えてきました。お金に対する執着や物に対する欲、早い者勝ちに走る心。まだまだそんな私ですが、ここで学んだことや教えを思い出しながら、日常生活の中で意識していきたいと思っています。みろくの世を実現させるために、自分の天命を尽くしていきたいと思います。まずは、夫への感謝とあいさつ。自分の身体を大切にしていくことに取り組みたいと思います。すぐに汚れがついてしまうので、1年に1度は修行に参加したいと思います。(愛知県・66歳)

本当の神さまのもとで学びの一歩
とてもすがすがしい気持ちをいただけた6日間でした。講義では目からウロコが落ちるような真理を多く学ばせていただき、家に帰ってから今までの習慣を正させていただこうと思います。先生方や共に学んだ方々は、皆とても親切で気持ちの良い方ばかりでした。この修行を学びの第一歩とし、どんどん深めていきたいと感じています。こちらにお祭りされている神々さま方は本当の神々さまだと感じました。またご奉仕させていただける機会があるといいなと思います。(京都府・52歳)

日頃の行いの大切さ
私がこの大道場修行で一番意識したことは、一つ一つの所作を丁寧にすることです。朝拝や夕拝の時の礼や、祝詞の言葉一つ一つを大切に心を込めて奏上したり、講座以外の時間には、周りの人のことを考えたり、使うものに感謝して丁寧に扱ったりすることを意識しました。「トイレの履物を揃える=自分の行動を省みる」ことが大事だと話されていたように、より良く過ごしていく上で、日常の行い一つ一つが重要なのだと気付くことができました。(京都府・16歳)

今までを振り返り見つめ直せた
大本での5日間は、今までの日常を振り返り見つめ直すためにとても有意義な時間でした。意識せずに行っている行為の一つ一つを、丁寧に行うことの大切さに気付かされました。この世の万物は神の導きにより生かされている不思議についても考えさせられました。明日からまた社会の中に戻っていきますが、この5日間で感じ納得したことを基本に、毎日が修行という気持ちで進んでいきたいと思います。大いなるものに守られ、お任せし、安心しながら、日々楽しんでいきます。またこちらでの修行に呼んでいただけますように…。(東京都・63歳)

全てが芸術、天国のような聖地
今、心から幸せで満ちあふれています。5日間の修行を終え修了証を授与していただいた時、うれしさと達成感、学生のころ以来の感覚を思い出しました。祈りと学びに徹した日々は日常で経験できるものではなく、信者ではない私を受け入れてくださった大本の大きな愛にあらためて感謝しています。朝夕拝、講座では新しくたくさん学ぶことがありました。開祖さま、聖師さまの想像を超えるご苦労の人生を自分の半生と重ね、神さまのお導きで生かされ経験していること、全て最善であること、苦しさの中にも安心して日々を過ごす勇気を与えていただきました。お茶席、ギャラリー、そして全ての建物、お庭。全てが芸術であり美しさに感動し、高熊山の荘厳さ、やわらかく温かな、お舟での天国のような体感は私の宝となりました。(栃木県・52歳)
 

自分と向き合い打ち勝ちたい
仕事がつらく、「修行」と頭では分かっていても心が折れそうでした。大道場修行を受けること自体が大きなお祓いになる、と教えていただいた通りに感じられたのが大きかったです。今回が3回目の受講となり、先生のお話がすっと入ってきました。最終日、ゆらゆらと揺れるお舟に、ほんわかした穏やかな心持ちになりました。日常に帰ってからは、自分の汚い心と向き合い、打ち勝つことに努めながら、今世紀中に来る、と示されたみろくの世に向け、少なくともあと10~20年踏ん張りたいと思います。(大阪府・50歳)

〝天国〟での美しくうれしい体験
節分大祭のあと、1カ月にわたり、3回の分割受講をさせていただきました。初回の鎮魂では肩の荷を下ろしていただいたような安らぎを感じ、それはまた、どこか懐かしいような心持ちでした。2回、3回と訪れるたびに、修行と日常の境が薄らいでいく感覚を覚え、修行が非日常の行事ではなく、日々の生活が修行に同化していくようで、たいへん心地良いひと月を頂戴いたしました。一般に「修行」という言葉からは、厳しくつらい行(ぎょう)を想起しますが、大道場修行を受けて実感したのは「こんな美しくうれしいことを体験させていただけるなんて」という喜びと驚きでした。冬の朝のお礼拝のあと、神苑の木々に止まる鳥の鳴き声や昇る日輪、ぬれた手水の様子などを味わいながら行き交う方々とあいさつする、この上なく美しい、文字通り「ここは天国か」と思うひとときでした。(兵庫県・45歳)

神心に触れられる聖地
初めて参加させていただきました。亀岡の天恩郷から綾部の梅松苑まで、どちらも全てが美しく整えられた佇まいの中で、日ごとに私の心身もすがすがしく整えられていくような気がいたしました。日常とかけ離れた環境、余計な情報や雑音が入ってこない空間で、心静かに自身と向き合いながら感覚が清らかに研ぎ澄まされてくるのを感じました。全てが新鮮でした。はかま姿の正装で演題にお立ちになる講師の皆さまは近寄りがたいような威圧感もなく、親しみやすさ、人間味ある温かさが伝わってきて安心できました。そして何より神苑内を歩いて案内してくださったお時間はとても貴重でした。遠い昔の有様とは違っているとしても、大本の長い歴史、その流れが断片的にですが想像できました。大きな苦難の中、地上天国実現のために尽くされてきた開祖さま、歴代教主・教主補さま方の誠の想いが今でもあちこちに確かに存在していることが感じられました。ここは神心に触れることのできるまさに聖地でした。真心のおもてなしをありがとうございました。(大阪府・60歳)
 

ここが〝世の大本〟
初めての受講でした。当初、5日間は長いかなと思い、少し不安な気持ちがありましたが、空間の美しさに感動し、さまざまな教えが毎日楽しく、神さまから今を生きるヒントをたくさん頂き、祈り、行動させていただけた5泊6日はあっという間で、人生における貴重な学びとなりました。これまで自分なりに、神さまと共にこの世のためにできることを創造・行動・実現していけるように生きようと思いつつ日々を過ごしてきたのですが、今回受講して、心の在り方や意識などを具体的にどうしていけばよいのか、大切なヒントを多く頂けたことが何よりの喜びでした。この世をみろくの世にしていくために、神さまから頂いた自分の魂を日々磨きながら、神さまと一体になり、私にできることを誠実に素直に行っていこうと心から思いました。大本が〝この世の大本〟であるんだな、やっぱり!と心から思えた5日間。世界が天地つながって愛と調和で共生していけるよう、教えを心に留めて日々活動していこうと思います。(神奈川県・57歳)

私らしく居られた5日間
修行の存在を知ったのは、2カ月前のこと。なんとなく楽しそうだし、年末年始の9連休の暇つぶしにはちょうど良いと、軽い気持ちで参加を決めました。修行前日、広隆寺で弥勒菩薩さまをお参りした後、夕方天恩郷に到着してからは、ただただ楽しい時間を過ごさせていただきました。日常生活で悩んでいたことの答えや気付きがあり、これまでの人生の歩みは全て間違っていなかったし、これからも自信を持って進んでゆけばよいと思いました。また、修行仲間と過ごした時間はかけがえのないものでした。なぜこんなにも楽しいのか。私が私らしく居られるからだと気付きました。普段あまり笑っていませんでしたが、修行中は良く学び、よく笑い、最終日はたくさん泣きました。大八洲神社で祝詞奏上を終えて顔を上げた瞬間、雲間から太陽の光が差しました。残りの人生は、惟神の道を進むことを誓います。(山梨県・48歳)

神殿清掃が大きな力に
大変有意義な5日間でした。大道場修行の一番の実習(ご神徳)は、朝拝前の神殿(万祥殿)の清掃だと思います。たとえその時は感じなくても、大神さまのご神殿を清掃する型をさせていただくということは、今後たいへん大きな力になるのではないでしょうか。次に、人間味あふれる講師の方々のお話がたいへん面白く、また神さまにご奉仕される真剣な思いを感じ取ることができ、神さまや信仰についてどう向き合っていくか指針が得られたように感じました。今回の経験をもとに、明るく前向きに楽しく暮らすことを心掛けながら、少しでも早くみろくの世が実現するよう努めていきたいと思います。(愛知県・53歳)
 

安心と希望を携えて
「かんながら」という言葉を知識としては知っており、分かったような気になっていたところがありました。もちろん今でも分かったなどとは到底言えませんが、何よりそのありがたみを強く深く、そしてあたたかく感じさせていただき、心と身体と魂が喜びにあふれているのを実感した5日間でした。最終日、修了証をいただき、緑寿館参拝の間にも外では雨が強く降り続き、さすがに大八洲神社参拝は無理かな、それも全て神さまのお導きか、とお任せしたら、ありがたいことに小雨となり、無事お舟に乗せていただきました。橋をくぐる時、祝詞の声がこだまして、霧のかかった風景を眺めながら涙がにじんできました。これからの私自身の歩みがどのようなものとなるかは分かりませんが、この絶対の安心と前途に対する大いなる希望の灯を絶やさず、みろくの世(沖縄では「みるく世果報」)実現のために、明るくあたたかく、喜びとともに進んでいきたいと思います。(沖縄県・61歳)
 

世界の見え方が一変
10年間で3回目の修行に参加させていただきました。何人もの講師の方に「3回聞かれれば、少しは理解していただけます」と言われましたが、その言葉が実感できました。妙なたとえですが、白内障の手術の後のような…。今まで、自分の見ていた景色は何だったのか、明るく美しい白の輝きが眼に滲みる世界。世界の見え方が一変したのが、最大の収穫でした。具体的に何がと言われると難しいのですが、世界が明るく、心が軽やかになったとしか言い表せません。4回目、5回目の修行後にはどんな世界を見せていただけるのか、楽しみに参加したいと考えています。幸い天候にも恵まれ、天王平の紅葉は得も言われぬ美しい絵巻のようでした。忘れられない想い出となりました。(新潟県・78歳)
 

神さまに近づいたような気持ち
私は信徒ではありませんが、この宇宙の理や真実を知りたいと思い大道場修行を受講させていただきました。神とは、霊界とは、自分なりに感じ、捉えてまいりましたが、未だ理解には至っておりませんでしたので、このたびまた少し近づいたように感じています。貴重な体験を誠にありがとうございます。今回、大本信仰3世の方と仲良くさせていただき、子ども時代の経験を伺うことができました。今後、日々の中で祝詞を唱え、ご神書を読み、信徒となる決心をしたら、いつか子どもと夫とまたこの地に来ることができたらと思っております。子どもの頃から神さまのご存在を知ってこの現世を生きていたら、道を間違うことはないのだと、共に学んだ3世の方の姿から感じさせていただきました。(鹿児島県・51歳)
 

言霊を意識して前向きに過ごす
5日間の亀岡と綾部の修行中は、神さまと向き合う時間を頂いて、講座や体験ができて良かったです。「祝詞を奏上するときは、神さまに言霊を献上するような気持ちで」と教えていただき、今まではどうだっただろうと考えさせられました。日々の生活ではつい後ろ向きな考え方になってしまうことが多く、口にしていた言葉も後ろ向きなものが多かったと思います。これからは後ろ向きの言霊は宣り直して、日々の生活を楽しく明るく、前向きに過ごせるようにしていきたいと思います。仕事を始める前は神言を奏上して、「はるち、うむち、つづち」の言霊を発声するようになりました。そのおかげで、朝から気持ちよく仕事に取り組めるようになりました。修行の経験を実生活で少しずつでも行い、次回はまだ受けたことのない夫と参加させていただきます。(京都府・59歳) 

何をするにしてもありがたい
初めての修行で不安は少しありましたが、以前から周りの信徒の方たちが「修行の前と後では、全然景色が違うよ」などとおっしゃっていたので、ワクワクした気持ちの方が多かったです。早朝の掃除から始まり、礼拝、巡拝と、すがすがしい5日間が過ごせました。祝詞を1日に何度もあげたからか、自分の心も澄み渡り、最終日には今まで見たことないくらいの青く透明な秋の空をいただきました。居心地が良く、もう少しここに居させてもらいたいくらいです。家に戻り、家族たちとも今まで以上に良い関係で過ごせそうな気持ちです。嫁いですぐ入信させてもらいましたが、籍を置いているだけでした。義父母が亡くなったのをきっかけに、支部・本苑・大祭等に参拝するようになった程度でしたが、断っても何度も声かけしてくださった方々に感謝でいっぱいです。何をするにしてもありがたいと思えるようになりました。(島根県・57歳) 

〝信仰は実践〟を心に刻む
今回で3回目の修行でした。1回目は全てが初めてで所作を整え、祝詞をあげることだけで精いっぱいでした。2回目は少しでも多くのことを学ぼうと、たくさんノートを取りました。3回目の今回は、講師の方々の講義、朝夕拝、聖地の景色、全てを心が感じるままに受け取る心地よさを味わいました。「信仰は実践である」という言葉を肝に銘じました。日常生活で起こる善いことも悪いことも、全てを自分自身の改心の種としていこうと思います。そして、私の身の回りにある自然、人、物、全てに神の存在を感じながら、お預かりした肉体を持って神さまのお仕事をさせていただけることへ感謝する日々を送りたいと思います。この世で喜び、幸せを一つでも増やしながらみたまの世界に戻りたいと念じております。(新潟県・69歳)

「万教同根」を体現した教団
偶然ネットで出口王仁三郎師の動画を見たことで、師の発するメッセージの素晴らしさを知り、このままただの興味で終わらせず、じかにその教えに触れるべく、このたび大道場修行に参加いたしました。自分は僧侶ですが、かねてより「表現は違えども、真の教えはみな同じ」と思っていたのですが、ここ大本でも「万教同根」という概念があり、まさにそれを体現するような教団で、多くを学ばせていただきました。とは言え、大本の教えは膨大なもので、このような短期間の研修で全貌を知ることは到底不可能です。幸い先生方から多くの資料を頂きましたので、それらを手がかりにまず自ら学び、その理解を元に再度教えを請おうと思っています。(三重県・55歳)
 

貴重な体験の5日間
とても貴重な5日間でした。先生方はとても気さく、かつ日々の祈りの深さが伝わってきて、鍛錬の光のような魂の輝きを強く感じました。これからは世界中で宗教の垣根を超えて、清らかな思いで平和や調和を体現したい人々がつながり、既存の固定概念を超えた新しい社会を構築していく時代に入っていくと思います。素晴らしい平和の光を長い間維持してくださっている大本さんに心より感謝いたします。先生方の深い祈りの波を感じながら、お掃除、大本の歴史、祈りの作法、食作法、霊界について等を学ばせていただき、また最後には綾部にて世界の象徴である素晴らしい金竜海をご案内いただき、みろくの大神さまにごあいさつもできて感無量です。(京都府) 

ご守護によって生かされている
どこかで修行をしたいと思い、HPで探していたところ、大本大道場にたどり着きました。大本教のことは何も知らなかったため、電話をしたところ大変丁寧に応対していただき、安心して申し込みました。講師のお話は初めて聞くことばかりでしたが、分かりやすく説明してくださり、日常の暮らしの中で意識して生活すべきことを教えていただきました。どんな場面でもありがたいと思う心が神さまに近づく第一歩、そして全ては神さまからいただいているという当然のことに気付かせていただきました。普段は感じることのできない霊性を大本の聖地で体感できたのは修行中だったからだと思います。霊界の存在を知識としては知っていても、日常の中では埋もれています。ご先祖さまが喜んでいるのがよく分かりました。一人で生きているのではなく、神さまやご先祖さま方の守護によって生かされているのだとあらためて感じました。(東京都・66歳) 

魂の浄化とたくさんの気付き
思考を脇に置いた数日間でした。外の情報が入ってこない場にあえて身を置くことで、常日頃、ジャッジを強いていたという気付きがありました。ただ一心に祈ることで魂の浄化を体感しました。雑念なくどっぷり神域にいるぜいたくな時間でした。小人数であっても講師の方々は毎回はかま姿で登壇され、恐縮いたしました。居住まいを正すことで精神性を目に見える形に表し、大切に対応くださいました。食作法は茶道における茶事のお稽古さながらの希少な機会、もったいない気持ちでいっぱいです。出口王仁三郎氏への興味がきっかけでしたが、深く知ることができてうれしく思います。たくさんの気付きに感謝いたします。(東京都・64歳) 

年に1度は受講したい
3回目の受講となりました。自分の中に内容を落とし込み、教えを実行するため、1年に1度は受講したいと思い、今年で3回目を迎えることができました。大本の聖地に来ると、信徒の方々の所作、心配り、教えを日々、実行されている姿に触れ、自分もそのように実行したいという思いが湧きます。反省点はたくさんありますが、できるところから改善し、神さまから離れないよう(できれば近づけるよう)努めていきたいと思います。日々、俗世にいると垢まみれになりますが、年に1度はこうして自分を振り返り、初心に返りたいと思います。(東京都・57歳) 

全ての講義に感動
この5日間、世界一周をさせていただいたような気持ちでした。というのも若い頃、世界一周したことがあり、その時のような心持ちで過ごせました。食事やお風呂、掃除、寝ることすらも新鮮な、不思議な時間で、特別な気分であれこれと人生の再点検がかないました。講師の方も魂でお話しくださり、時々込み上げてくるものがありました。全ての講義に名作映画のような感動があり、ドラマか小説のようでした。心から感謝します。たくさんお土産を頂いたので、また現実の世界に戻った時、一つ一つのお土産を周りに配れたら幸いです。天界とは? 確かにここで教えていただきました。また必ずお参りさせていただき、お役に立てるよう自分磨きを頑張ります。(京都府・57歳) 

祝詞奏上と食
具体的な内容は正直、あまり覚えていない。ただ、祈り、祝詞奏上が心に残った。私は普段、祝詞は唱えない。だがここに来て各講座の始めと終わり、神殿での朝夕のお礼拝の時、毎度祝詞を奏上した。ぎこちなく、また他の修行者の祝詞に気を取られながら祝詞を唱えた。真剣さ、神さまへの敬意は欠けていたと思う。ただ、みんなに倣って唱えた。面白いもので、ぎこちないなりに唱えられるようになった。これから日常に戻り、反復を繰り返し、少しずつでもよいので形にしていきたい。作法、心、両面に注意を向けて唱えていきたい。また食事の重要性をあらためて感じた。普段は大食漢で満腹になるまで食べていた。しかしこの修行の間は少し量を減らし、二代さまの「三首のお歌」を拝誦して味わっていただいた。すると気持ちが満たされた。自宅に戻ってもこの経験を踏まえて、食を味わい、二代さまのお歌を拝誦し、食の大切さを日々感じたい。(埼玉県・42歳)