秋篠宮家の長男悠仁さまが4月、筑波大に入学し、9月には成年式に臨まれる。皇位継承権のある男性皇族が学習院以外の大学に進学するのは戦後初めてだ。一方、平成の時代には「理想の家族」であると称賛されていた秋篠宮家に対して、ネット上のバッシングが厳しい。一般には長女眞子さんの結婚騒動をきっかけに厳しい評価が始まったように思われているが、実際には象徴天皇制とは何かというその性格をめぐる困難な状況が横たわっているように思われる。
皇太子ご夫妻の新しい家庭
振り返ってみれば、昭和天皇の時代は天皇の存在意義は明確であった。それは「平和」の象徴としての天皇である。近代化のもとで富国強兵を推し進めた天皇制は第2次世界大戦後には消えうせ、天皇は国と国民統合を象徴するという、象徴天皇制がつくられた。昭和天皇は日本全国を行幸し、国民の支持を得ていった。国民と共にあらねば、天皇制の存在自体が揺らぎ、ひょっとしたら消滅しかねないという状況の中、天皇が国民と共にあろうとするのは、当然のことだった。
こうした中で1959年、当時の皇太子(現上皇)さまが初めて民間出身の美智子さまと結婚されたことも、明るいニュースだった。天皇一家の果たす機能の一つとして、理想の家族像を体現することがあった。皇太子さまの結婚は戦後の新しいマイホーム主義を象徴する出来事だったのだ。美智子さまは皇太子さまを「とてもご誠実でご立派で心からご信頼、ご尊敬申し上げていかれる方」と述べた。
ご夫妻が体現する新しい家庭像、マイホーム像は新たな戦後の平和の象徴となった。そして、代替わり後の93年には昭和天皇の悲願だった沖縄訪問を成し遂げた。前年の国体開会式では発煙筒が投げられ、美智子さまが天皇陛下をかばうようなしぐさを見せた。これも揺るぎない夫妻の愛情を示すエピソードの一つとなった。
問われる「国民と共に」
令和の時代の天皇陛下は、初めて「戦争を知らない」世代の天皇だ。今年2月の65歳の誕生日に際し行われた記者会見で陛下は、「戦後80年という年月を考えると、私が生まれる15年前までは戦争の時代であった」と述べられている。「亡くなられた方々や、苦しく、悲しい思いをされた方々のことを忘れずに」「平和を愛する心を育んでいくことが大切」とも語った。これは昭和、平成と続いた戦後の課題の継承を述べている。
しかし、冷戦が終結し戦後の体制も再編された後、グローバル化が進行し、天皇制も大きく変容を遂げざるを得ない時期に来ているのもまた事実である。陛下が皇太子時代に強い意志で雅子さまを選び、結婚にこぎ着けたことはよく知られている。もちろん、雅子さまに対する愛情があっただろうが、今思えば外務省の職員だった雅子さまを結婚というプロジェクトのパートナーとして選ぶこと自体、陛下は自らの役割をよく理解していたということができるだろう。
これまでの天皇制は、国民と共にあるという姿勢を示すことがその仕事であった。しかし、体調を崩した雅子さまには「税金泥棒」という暴力的な言葉が投げつけられ、ネットでは「ロイヤルニート」などと心ない批判がくすぶった。天皇(一家)は象徴以上に何が可能なのかが厳しく問われる時代になったのである。
グローバル時代のあり方
2019年の代替わり後間もなくの大きな仕事に、アメリカのトランプ大統領との面会があった。オックスフォードで学んだ天皇陛下のみならず、雅子さまはさっそうとしたデビューを果たした。英語など語学に堪能、状況を見て臨機応変におもてなしのあり方を変え、ヨーロッパの王室とも親しい関係を築いている。天皇が外交にコミットすることの是非はさておき、現実問題として皇室外交の重要性が高まっている中、両陛下はグローバルな新しい時代にふさわしい皇室の在り方を体現している。こうした路線を愛子さまなら継承してもらえるのではないかという期待が、女性天皇待望論につながっているように感じられる。
また家族像に関して言えば、雅子さまが男児になかなか恵まれず、愛子さまは体調不良で登校できないことが続くなど、おつらい時代もあった。それでも家族が仲良く一丸となって困難な状況を乗り切っているところに、「理想の家族」を見いだす人も多いのではないだろうか。
「人々や社会に目を向け続ける」
それに対して、秋篠宮家には風当たりが冷たいようである。そもそも国民は、秋篠宮さまを温かいまなざしで見守ってきた。人でありながら国民統合の象徴を担うという象徴天皇制は、天皇の行動の自由の犠牲のもとに成り立つ制度である。「やんちゃ」な次男が大学時代のガールフレンドと恋愛結婚し、自由に生きているのを見ると、なんとなく国民の「申し訳なさ」も和らぎ、皇室にも自由があるではないかという気持ちになれた。
しかしそれは、次男であることが前提である。現実に天皇になる可能性があるとなれば話は別である。われわれ国民と同じように自由を享受するのであったら、それは単に特権なのではないかと疑念を持たれる。悠仁さまのお茶の水女子大付属幼稚園入園では、紀子さまの研究者枠を利用した特別制度が適用されたが、われわれ国民と共にいてくれてはいないのではないかという不安もくすぶっているように感じられる。
失礼ながら、どうも家族の仲もあまり良好ともいえないようである。小室圭さんと眞子さんの結婚ではさまざまな報道が飛び交った。また、語学力に関しては、ご一家が海外の来客と歓談する際に「通訳なし」であることがわざわざ強調された。こうした報道はもちろん秋篠宮家の責任ではなく、むしろメディアの忖度(そんたく)がかえって宮家へのバッシングを引き起こしてしまっているのではないか。
悠仁さまは3月3日、成年皇族として初の記者会見に臨んだ。象徴天皇の存在、皇室のあり方について「常に国民を思い、国民に寄り添う姿なのではないか」と述べ、「人々の暮らしや社会の状況に目を向け続けていくことが重要」と語った。
象徴天皇制は、天皇が国と国民統合を象徴し、国民と共にあることによって成立している戦後の制度である。ただそれはどういうことなのか、具体的にどうあるべきなのかがこれほど鋭く問われている時代はないのではないだろうか。
千田有紀(せんだ・ゆき) 武蔵大学社会学部教授。1968年生、東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。専門は現代社会学、家族論、ジェンダー論。社会学研究の傍ら、皇室についても鋭い論評を展開する。主な著書に「女性学/男性学」「日本型近代家族-どこから来てどこへ行くのか」