【短編小説】最後に嘘をもうひとつ
嘘つきというのは、自分自身の考え方に自信はあるのだろうか。嘘を吐いて騙すことが生き甲斐というのは、どこか良心に欠けているとさえ感じる。何が原因で嘘つきなったのか、嘘をつく者の人生の背景も気になる、と私は思う。嘘という武器をとおして自分自身を過大評価させたり、防衛作用として身を庇ったりする成功率は皆無ではない。むしろ嘘という武器に弱い相手の場合、防衛作用として実を結ぶことは容易に考えられる。嘘というのを私は吐きたいわけではない。嘘を4件も吐かれてから、いや、嘘を嘘だと見抜いてから、大変慌てることになったのである。
ひとつ目の嘘は、「わたしには恋人がいないの」という、いま思えば怪しい誘いの一歩であった。
二つ目の嘘は、「300万円、貸してくれたら、五十万の利息で返すから……」という、相手の自分に対する借金に纏わる嘘であった。
三つ目の嘘は、「あなたのことはわたしが産んだのよ」という母親の本音であったが、本当は嘘であった。
四つ目の嘘は、「コーヒーは飲まない方がいいよ」という娘の本音であったが、実は嘘であった。
嘘を吐かれたシーンが過った。私の妻には過去に恋人がいた。その恋人とも不倫や別れを繰り返したが、いまは、不倫をやめていたという。不幸中の幸いである。私の娘は、実は私の娘ではない、と娘は言いたげだった。妻にもう一人不倫相手がいて、その不倫相手と妻の子である、ということらしい。「だから、パパは本当は父親じゃないんだよ」といってニコッとした。妻に詳しく聞いてみたいことがひとつ、またひとつと増えていった。
妻はインターホンを押して帰って来た。さきほどの不倫相手と密会しているようだった。妻に私は、「不倫してるって聞いた」とストレートにいった。妻は、ああ、葉大さんのことね、明美から聞いたの、と滑らかに言った。明美は、「ママ、本当は不倫してると言える?」と訊いた。妻の顔色がだんだん濁ってきた。妻は、「不倫じゃなくて、友人と逢っただけよ」といって表情は快復した。私は、「350万も来ないし、友人は信じられない」といって、笑みを浮かべながらソファーにもたれかかった。「私の母は私を産んでないらしいし」と頭を掻いた。妻は、私は不倫をしていないわ、あなたの本当の母は私の母よ、ということは私たち二人は兄妹関係のはずよ、と言った。明美は、「パパはママと兄妹と知らずに付き合った、そうでしょ」と笑った。私は、愕然とした。兄妹で結婚生活を送るなんてことがあるだろうか。「パパ、ママはパパとの子を妊娠したよ、これでわたしの兄妹もひとり増えるかもしれないね」と明るい声でいった。妻は「実は妊娠しているの、あなたとの子を」
私は、「嘘を吐いた友人は知っているか」と訊いた。
明美は、「その人も兄妹だろうけどね」と言った。
妻は、「友人とはいえ私の兄ですよ」と言った。
明美は、「コーヒー飲んでいいよ、前は嘘を吐いてごめんね」と言った。
私は、毒盃を飲もうと思った。兄妹間で結婚したことは、嘘であって欲しいし、兄が私から借金したというのも嘘であって欲しいと思った。私は、毒盃を飲んだ。そして死んだ。
明美は、「不倫してないのにごめん」と妻に謝った。妻は、「妊娠してるって嘘吐いてごめん」と謝った。


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