私は誰?──記憶喪失の物語
実歩が記憶を失くすようになったのは、二年前のことかな。家族も、知人も、そしてテレビで見た芸能人の顔さえも覚えていない、いわば重症性記憶障害であった。僕はそんな彼女に時折童話を聞かせてあげたり手話を一緒に練習したりしていた。彼女は、『どうわは』とぽつりというときがあったが、上手く感情を表現し切れなかった。僕は、『童話は面白くないか』と打診してみたが、彼女は、『あなたはだれ』と言うことが散見された。『僕は味方だよ』と言うと、『みかた、しらない』と応えた。僕は、『味方っていうのは……』と尻込みした。たしかに僕は普段何気なく『味方』という言葉を聞いたり使ったりしている。味方というのは、敵の反対だ、という意見も聞いたことがある。でも、『味方』についてすべてを知っているわけではない。味方というのは、応援や支援をしてくれる良い仲間だ、とやっと閃いた僕だったが、僕の隣りにいる実歩は僕を支えてくれたわけでもない。僕は、彼女が記憶喪失した理由が知りたくて、医者にも相談したことがある。お医者さんは、突発性記憶喪失にあったと報告してくれたが、何が要因であったかは判明しなかった。
二年前、実歩には恋人がいた。恋人の悠人が実歩ととある論叢にあって、罵詈雑言を浴びせた。傷付いた実歩は、すべてのトラウマである記憶を喪失してしまった。
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僕は、実歩に『何か思い出した?』とよく聞いていた。実歩は、『べつになにも』と答えることが多かった。何分か思い出してくれると待っていたところ、実歩は『ゆうと、こわい』と話した。『元恋人か』と言うと、『しねとかあたまわるいとか』と実歩は話した。僕は、悠人ととのトラブルで記憶喪失をしたと気付いた。悠人は、上京してホストをやっているらしい。僕は、悠人が実歩を傷付ける発言をしたことが悔しかった。『だんだん思い出して来たね』と言うと、実歩は記憶喪失の要因が分かったようで、『ゆうと、わかれた』と言った。僕は、これからどんどん思い出していこうね、と笑った。実歩は、『トラウマか』と正気の沙汰であった。実歩は、『全部の記憶、やって来たよ』と笑った。僕は、実歩の記憶が戻って良かった、と強く思った。実歩は、涙を浮かべて、『ありがとう、なまえは何ていうの』と話しかけてきた。名前か──弥穂だよ。同じ読み方だね。と笑った。


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