短編小説──奇譚と忌憚のない人
よく物事の本質を掴めとか、忌憚のない意見を言えとか、そういった処世術的な思想は、容易に言えるけれど、案外実践に移すことがないように思う。やはり教師に給料を問い質すことは、忌憚がないが、日本の風潮ではそれはタブー視される筈である。私にとって物事とは字の如く物の事のようで、事情というところの内容であるように思う。物事は事実とは言い切れず事態という名称で語ることができうる。事情や事態の本質を掴め、というのは、本質があることが前提になっているが、本質のない事情というものもありうる。本質のない実状から未本質の理由を発見することは、意外と難儀だが、準本質なら見極められよう。忌憚のない意見というのは、ズケズケ押していく、本質や準本質という語り口から始まる可能性もあるであろう。あの人は本質を見抜く、忌憚のない意見を言う人なんだよ、という風刺も懸念され得る。忌憚のない意見を言う人ほど自分に自信があって、自分の意見を曲げないという考え方もあるであろう。未歩は、実存は本質に先立つ、というサルトルの意見は忌憚のない意見だな、と感じた。他者は地獄である、という忌憚のない意見は、サルトルの持つ特徴が掠めている。


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