今年1月に第2次トランプ政権が発足して以来、米国への入国には以前にも増して注意が必要になった。国境で拘留、尋問、強制送還される外国人旅行者や米国ビザの保有者が急増しているのだ。状況の悪化を受け多くの人が旅行計画を見直しており、カナダや欧州から米国へ向かう航空便の需要も急速に減少している。
とはいえ、海外出張から帰国する場合や、海外の友人や家族を訪ねる場合など、出入国を避けられない人も多い。渡航理由にかかわらず、米税関・国境取締局(CBP)の職員は入国の可否を判断する過程で、旅行者のスマートフォンなどのデバイスを検査する権限を有している。この数週間、デバイス内のコンテンツに関連して米国の国境で尋問されたり、入国を拒否されたりした事例が複数報告されている。
これは米国の国境に限った話ではない。他国の当局もデバイスを検査する権限を有している。とはいえ、第2次トランプ政権下で国境政策が一層不安定化していることを受け、人々は大量の個人情報が入ったデバイスを携行して米国に出入国するリスクを改めて意識するようになっているのだ。
カナダ当局は旅行に関する安全情報を更新し、デバイスの検査や押収について警告を発した。携行するデバイスを見直している企業の幹部もいる。欧州の一部の当局者は、米国への特定の目的の渡航に際してバーナーフォン(使い捨ての端末)の支給を受けている。さらに、ジャーナリスト保護委員会は外国人記者に対し、米国での出入国時にデバイスが検査される可能性を警戒するよう呼びかけている。
こうした背景を踏まえ、『WIRED』は今回、出入国時のスマートフォンの携行に関するガイドを用意した。『WIRED』がまとめた「米国入国時のデジタルプライバシー自己防衛ガイド」を合わせて参照すれば、端末のデータを最小限に抑え、事前に備える方法をよりよく理解できるだろう。まずはスマートフォンに関する基本的な対策から紹介する。
CBPの権限はどこまで?
CBP職員には、国境で旅行者のデバイスを検査する権限はあるのか? 結論から言えば、答えは「イエス」だ。検査には、職員が手作業でデバイスの中身を確認する方法と、デジタルフォレンジックツール(証拠収集・解析のためのツール)を用いて大量のデータを抽出する高度な方法の2種類がある。また、職員は旅行者に対し、スマートフォンのロック解除に必要なPINコードや生体認証の提供を求めることができる。ただし、出入国時に受ける検査の内容は、旅行者の法律上の身分や米国に入国できる権利の種類によって異なる。
米国の国際空港を含む国境地帯は基本的に、デバイスの捜索に令状を必要とする米国憲法修正第4条の範囲の対象外とされている(ただし、これに異を唱えた連邦裁判所の判例も存在する)。つまり、CBPは米国に入国する旅行者のスマートフォンやノートPC、カメラなどの電子機器を検査する権限を有しているのだ。
米国市民および永住権保持者(グリーンカード保有者)は、デバイスの検査を拒否しても入国を拒否されることはないが、追加の尋問を受けたりデバイスを一時的に押収されたりする可能性がある。さらにトランプ政権が政府に許される行動の範囲を押し広げているいま、永住権保持者が検査を拒否した場合、これまでにないかたちで不利益を被る可能性がある。米国ビザ保有者や外国人旅行者がデバイスの検査を拒否した場合は、拘束や国外退去処分を受けるリスクが高い。
「個人が直面するリスクは全員が同じとは限りません」と、国際人権NGOアムネスティ・インターナショナルのセキュリティラボに所属するモリー・ローズ・フリーマン・シーアは語る。出入国時におけるリスク評価と行動の判断にあたっては、「自身の法的地位、使用しているソーシャルメディアのアカウント、メッセージアプリ、チャットの内容」などを考慮すべきだと、シーアは指摘する。
検査を拒否することに不安がないのであれば、デバイスのロック解除に使われる顔認証や指紋認証などの生体認証機能を無効にしておこう。CBP職員はこれらを利用してデバイスにアクセスできるからだ。代わりに、PINコードや英数字を組み合わせたパスコードのみを使用することが望ましい(端末の設定で可能な場合)。また、スマートフォンのOSを常に最新の状態に保つことも重要である。これにより、フォレンジックツールによる解析が難しくなる可能性が高まる。
また、自分自身や同行者が出入国時に厳しい検査を受けるリスクが高いかどうかを判断するには、国籍、市民権、職業、地政学的な視点といった要素も考慮する必要がある。
つまり、旅行前にデバイスの検査を拒否できるかどうか、また渡航前にデバイスに変更を加えるべきかどうかを事前に判断しておく必要があるということだ。
誰にでも実行できる簡単な対策として、出入国時にはデバイスを目につかない場所にしまい、できるだけCBP職員に意識させないようにしておく方法がある。搭乗券などの必要書類は事前に印刷しておき、CBP職員に接触する前にスマートフォンの電源を切ってバッグにしまっておくことが望ましい。
代わりのスマートフォンを使って渡航する
国境を越える際にデバイスのプライバシーを守る方法は2つある。1つは、まっさらな状態の端末を用意し、最低限の情報を入れるようにすることだ。旅行用に新たにスマートフォンを購入するか、まだソフトウェアアップデートが提供されている古い端末を初期化して再利用する。
この端末は、いわゆる「バーナーフォン(使い捨て端末)」である必要はない。普段使っている端末のように携行する端末だ。このためにわざわざ端末を現金で購入したり、自分との関連性を隠すための特別な手続きをとったりする必要はない。
要するに、旅行用のスマートフォンに必要最低限に整理されたデジタル環境をつくるということである。理想的には、旅行専用につくったメッセージアプリやソーシャルメディアのアカウントを使うことが望ましい。
こうしておけば、たとえデバイスが検査されても個人の政治的信条や人間関係、過去の行動履歴などの詳細が明るみに出るリスクを抑えることができる。普段使っているスマートフォンのように過去のテキストメッセージ、何年分もの写真、使わなくなったアプリ、多数のデジタルアカウントのログイン情報といったデータの蓄積がないからだ。
まっさらな端末に必要なものだけを入れることで「データ最小化」、つまり他人がアクセスできるデータを減らすのが容易になる。旅行に必要なものだけを入れ、それ以外は一切入れないというシンプルな方法だ。旅行用のメールアドレスやソーシャルメディアのサブアカウントを作成するのがよい。SignalやWhatsAppなどのエンドツーエンド暗号化アプリでも別のアカウントを用意しておこう。
普段使っているデジタル環境と旅行用のデジタル環境は完全に切り離すことが理想である。ただし、普段個人で使っているアプリの一部を入れてもよい。まっさらな状態の端末に見られても問題ない既存のアカウントだけを厳選して入れるといいだろう。例えば、働いている会社や地域団体とのつながりを示すことが万が一の場面で有利に働くと考えるのであれば、そうした情報を入れておこう。
プライバシーやデジタル権利の支持者たちは、基本的に旅行用に用意したまっさらなデバイスに必要な情報を入れる方法を推奨している。ただし、あまりにもきれいすぎて、いかにもバーナーフォンのように見える端末は、かえって疑われる可能性があることから注意が必要だと警告している。
「デバイスには“種まき”をしておく必要があります。1日、あるいは数時間でもいいので、実際に端末を使うことです。あまりにもきれいすぎると、かえって不自然に見えてしまいます」と、セキュリティとプライバシーに関する訓練と支援を提供する非営利団体CryptoHarlemの創設者、マット・ミッチェルは語る。
「旅行用のフィンスタ(インスタグラムのサブアカウント)をつくることを推奨しています。『プロフィールを見せてください』と言われたときに『ソーシャルメディアは使っていません』と答えるのは不自然でしょう。多くの人はもともとアカウントを複数もっています。遊び用のアカウント、普段から使用しているアカウント、そこに1つ旅行用を加えればいいのです」
アムネスティ・インターナショナルのシーアも、本物のバーナーフォンは「ダムフォン(機能が限られた端末)」であり、暗号化通信に対応しているアプリを利用できない点に注意を促している。「スマートフォンを使う最大の利点は、暗号化された通信ができる点です」とシーアは語る。「暗号化されていない通信は、Signalのようなアプリを使った通話やメッセージに比べて、はるかに安全性が低いということを人々は知っておくべきです」
旅行用デバイスに現金で購入したプリペイド式のSIMを使う必要はないが、普段使っている電話番号は共有しないほうがよい。この番号は、あなたが利用している主要なデジタルアカウントの大半、場合によってはすべてに紐づいている可能性が高いからだ。旅行用デバイスでは、旅行用に購入したSIMカードを使うか、Wi-Fi接続のみで通信することを推奨する。
普段使っている端末で渡航する場合
出入国の際にデバイスを守るもう1つの方法は、渡航前に普段使っているスマートフォンの中身を整理することだ。具体的には、古い写真やメッセージを別の場所に保管した上で端末から削除し、不要なアプリを整理する。不要なアプリは完全に削除するか、主要なアカウントからログアウトして旅行用アカウントにログインしよう。
人権団体Access Nowでデジタルセキュリティ・ヘルプラインのディレクターを務めるモハメド・アル=マスカティは、旅行前にこうしたデバイスのデータの整理を検討すべきだと語る。「わたしなら自分の端末を確認して、必要なアプリだけを残します」とアル=マスカティは話す。「不要なアプリをただ削除すればいいのです」
特にデートアプリやLGBTQIコミュニティに関連するアプリは削除することをアル=マスカティは推奨している。デバイスの検査を受けるリスクが高いと考えられる場合はなおさらだ。また、この方法は基本的に、見られると問題になる可能性のあるアプリを1つ残らず削除した場合にのみ安全を守れると言える。
普段使っているスマートフォンを旅行用端末として使う方法もある。具体的には、端末のバックアップをとって初期化してから旅行に本当に必要なアプリだけを入れて渡航する。あとは帰国後にバックアップから元の状態に復元すればいい。
ただし、この方法は実行可能ではあるものの、非常に手間がかかり、「運用セキュリティ上のミス(opsec fails)」を犯すリスクも高まる。不要な古いアプリをすべて削除したつもりでも、1つ削除し忘れただけで、過去の情報が残った古いソーシャルメディアアカウントや以前使っていたサービスが露呈してしまう可能性があるのだ。
メッセージアプリには何年分もの履歴を簡単に検索できる機能があるだけでなく、ユーザーが気づかないうちに写真やファイルを自動保存していることもある。すべてのデータをクラウドにバックアップして端末から削除したとしても、クラウドサービスのアカウント(たとえば普段使っているグーグルやアップルのアカウント)にログインしたままだと、CBP職員から検査のためにクラウド上のデータの提供を求められる可能性がある。
とはいえ、出入国時に厳しい検査を受けるリスクが低い場合や、旅行用に別のデバイスを用意できない場合には、普段使っているスマートフォンのデータを整理して渡航するのは有効な選択肢となる。ただし、慎重に準備することが重要だ。
最低限しておくべきこと
ここまで読んで、スマートフォンを海に投げ捨てたくなった、あるいはとてもじゃないがこんなに手間をかけられないと思った人もいるかもしれない。
後者に当てはまる人もここまで読み進めたのだから、もう少しだけ聞いてほしい。スマートフォンの情報整理に時間をかけたくない、あるいは出入国の際に問題に直面するリスクは低いと思っている人でも(実際には予想以上にリスクが高い可能性もある)、デジタルプライバシーを守るためにできる簡単な対策はいくつかある。簡単なものでも、何もしないよりは断然ましだ。
まずは、すでに説明したように、紙の搭乗券やその他の必要書類を印刷して用意しておこう。入国審査や出国審査のすべての過程でスマートフォンの電源を切ってバッグにしまっておかなくても、職員とやりとりする場面では端末をポケットにしまい、紙の搭乗券や書類だけを手元に出しておくことが望ましい。また、スマートフォンを最新の状態にアップデートし、不要なアプリやデータを整理するといった基本的なデジタル環境の整理だけでも、大きな効果がある。
「当局が、ソーシャルメディアでの活動や投稿を含むオンラインでの活動を詳しく検査する可能性があることを誰もが認識しておくべきです」と、非営利団体や弱い立場にあるコミュニティ向けにサイバーセキュリティを提供するCyberlixirの創業者、ダナシア・ヴォは語る。「ソーシャルメディアで発信する人が増えているいま、こうしたリスクを強く懸念する人も増えています。今年は、リスクを避けるために米国への渡航や米国からの帰国を見送った人もいます」とヴォは付け加える。
(Originally published on wired.com, translated by Nozomi Okuma, edited by Mamiko Nakano)
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雑誌『WIRED』日本版 VOL.56
「Quantumpedia:その先の量子コンピューター」
従来の古典コンピューターが、「人間が設計した論理と回路」によって【計算を定義する】ものだとすれば、量子コンピューターは、「自然そのものがもつ情報処理のリズム」──複数の可能性がゆらぐように共存し、それらが干渉し、もつれ合いながら、最適な解へと収束していく流れ──に乗ることで、【計算を引き出す】アプローチと捉えることができる。言い換えるなら、自然の深層に刻まれた無数の可能態と、われら人類との“結び目”になりうる存在。それが、量子コンピューターだ。そんな量子コンピューターは、これからの社会に、文化に、産業に、いかなる変革をもたらすのだろうか? 来たるべき「2030年代(クオンタム・エイジ)」に向けた必読の「量子技術百科(クオンタムペディア)」!詳細はこちら。
