駄作になろうとも、されど駄作は作るな
今回はちょっと、自分がVIPツクスレにデビューした頃(2008年くらい)に、スレに投下されていたある小ネタに触れてみる。まだデビュー当時の自分や、当時全盛期であったVIPツクスレの実情から考えれば、なるほどなとは思っていたが、それから15年以上経った今、果たしてそれは正義だったか今ひとつ考えてみたいことがある。
タイトルは「苦痛と諦観」というもので、内容は作品を完成させられないアレックスにブライアンが助言をするという、当時からよくあるものであるが、劇中で言われていることをちょっと考えてみようと思う。
※ゲーム現物はアーカイブされているはずだが、発掘困難なので省略
納得のいく作品ができないというアレックスに、納得する必要があるのかと問いかけるブライアン。そうだというアレックスをブライアンは否定する。そして、このような例えを言うわけだが・・・
当時は「こういうこともあるんだろうな」と思っていたのだけど、いざ自分がこうして15年以上色んな作品作って出し続けたけど、こういう例はほとんどありませんでした。まー、Wiki入りなんて所詮ツクスレ民のお気に入りだったわけだし
だいたい、作ってて「これ面白いのか?」と疑って出した作品は、ほぼ例外なく酷評されたというのが実情。一番キたのが「よくわからない内容でした」だったか。冷静に振り返ってプレイし直したけど、言われたとおり本当に何が面白いのかさっぱりわからなかった。いつからこんな気持ちで作っていたのかはわからないが、多分どこかでそうなっていたのだろう。
言ってみれば「自分が面白いと思わなくなった時点で、その作品はすでに終わっている」ということである。そうなった時すでに、このタイトルにある「苦痛と諦観」でモノを作り続けているのだから、楽しくなるはずがない。
で、そのタネをその後語るわけだが、
自分の感覚が他とズレてるだけだ、という理屈なのだろうが、よほど自分のセンスが世の中から外れているって人はそうそういないだろうし、仮にそうであったとすればその人は多分、こんな事に悩むこともなく、恥も外聞もなく駄作を出すことだろう。そして壮大にスベる。
面白くないことに気づくのはまともなセンスを持ち合わせている証拠である。ここで疑うべきなのは己の感性でなく、計画性や企画力ではないだろうかと自分は思うのである。つまり、「自分が面白いと思ったものを面白くできる力に欠けている」のだと疑わなければならない。
一言に言えば、修行が足りない。ホントそれ言ったらおしまいだけど。
で、ゲームはこの言葉で締められる。
まあ、これが当時のVIPツクスレの常識だったんだろうなと。
「何も考えるな、とにかくイケイケどんどん出せ」というのが昔だったし。とりあえず出せば「これはひどい」やらなんやらでイジられたわけである。
今はそんな思考停止で出した作品はプレイすらされないわけですが。
そういう意味じゃ、VIPツクスレも世間と同じ感覚になったのかな。
ただ、何も考えずにとりあえず出す、は最初のうちはいいのだけど、そればっかりやっていると絶対に成長しない。スレの雰囲気に釣られてモノ出し続けた人、その上で自分の作りたいものを構築できていった人、あの時のあの場所で住人の運命が分かれたのはそこなのかもしれないね。
先に書いたように、自分が駄作と思った作品はだいたい駄作です。
もちろん、出した作品が駄作にされるのは仕方ない。
それを恐れてはならない。いちいち気にしてはいけない。
ツクラーとして進んで行くなら駄作も糧にしなければ続けられない。
だけど、自分で駄作とわかっているようなようなものに注力するのは時間の無駄。思い切って終了すべき。そこは何がダメだったのか反省して次に切り替える。この積み重ねでやっていくしかないのである。
この地味な遠回りと足踏みの繰り返しを越えられたツクラーこそ、真に自分の作りたいものを作れる境地にいけるのだと思う。



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