社会的作法 | 渓流詩人の徒然日記

現代ビリヤード事情/日本

テーマ:ソーシャル



最近の日本国内のビリヤード場
は、ハウスチョークがこのよう
な状態になっている。非常に多
い。
ボウリング場やアミューズメン
トではない。れっきとした玉屋
がこのようなチョークを置いて
いる。
それは、新しい店主が撞球場の
仕事を一切真面目にしていない
からだ。
有り体にいえば、これは心底、
最低である。正真の最低。

ビリヤード場は専門の場である

ので、常に備品は完璧に手入れ
されているべきであり、いかに
現代は本物の場所が消滅しかけ
ているかを分かりやすく見せて
いる。



これは私のチョークの一部。


使用後は、次回に備えてキュー
と共に常に手入れを行う。
チョークの上面は平面を出し、
まんべんなくタップにチョーク
が乗るように真ん中部分のみ僅
かに凹ませる。
これは使用していてプロペラ形
にチョーク上面が摩耗したなら
ば、専用の削り台(ブロック等が
最適)で研ぐようにこするのだ。
こするだけ。ほんの10秒程こす
れば平面は出る。
だが、それさえもやらないエセ
撞球場が本物面して増えている。
現代風潮の流れの一つだろう。
ニセモノほど本物ぶって大手を
振っている現代ニッポン、とい
う図がビリヤード場にも蔓延し
ている。

ちなみに、ほんの15年程前まで
は考えられない事でもある。
タップ交換さえできない者がた
だ玉入れ転がしだけ上手くてプ
ロになっているという現実が、
そういった流れの中心にいる。
日本における撞球文化やスポー
ツの適正な育成と継承という事
を放棄している、という現実だ。
帽子被ったまま指導者面して人
に能書き垂れているようなレッ
スンプロやアマ指導者がネット
上で出張ってるくらいだから、
もう無茶苦茶だ。
社会的な文化と作法の破壊者で
あるという自覚も無い。

四半世紀前の日本の撞球シーン
は今とは全く違った。
日本人選手が世界的に躍進し、
正しく国内でも撞球文化の普及
に貢献していた。
だが、現代は着帽のままの撞球
指導などは、土足で食卓の上に
足を載せてテーブルマナーを説
くようなトンチキである事を自
覚しないバカらが大きな顔をす
る時代になった。
ニセモノのスカが正統本物であ
るかのような言動を取る。
まあ、詐欺みたいなものだ。