【港区連れ去りで新事実】会ったこともない医師が「認知能力がない」という診断書を書いていた! なぜこんなことが起きたのか、医師の謝罪と構造的な問題を明らかに
一度も会ったことのない医師が、あなたの健康状態について勝手に診断書を作成していたら? しかも、その診断書には「認知能力がない」と記載され、それを根拠に裁判所があなたに成年後見人を選任していたとしたら? 【動画】成年後見の闇…なにが起きているのか にわかには信じ難いそんな出来事が首都・東京で起きていたことが、フロントラインプレスの取材で新たにわかった。無診察での診断書作成は、当然、医師法違反だ。医師の倫理にも反している。いったい、なぜ、こんなことが起きたのか。取材を進めていくと、成年後見制度そのものが抱える“闇”の姿が見えてきた。
被害者は、「連れ去り」から脱出した80代女性
被害の当事者は、東京・港区の田中かほるさん(2025年8月に84歳で死去)。 かほるさんは2022年9月、港区の職員によって連れ去られ、その後、複数の施設を点々とした後、東京都青梅市の精神科病院に医療保護入院させられた。居場所は長期間にわたって家族にすら知らされず、2025年5月に娘の裕子さん(30代、仮名)によって病院から救出されるまで、およそ2年8カ月にわたって家族との直接の面会も許されない状態に置かれた。 かほるさんが施設に囲われたのは、港区長が職権によって後見開始の申し立てをしたことに端を発している。港区は「かほるさんは統合失調症で、娘から虐待されている。親族と引き離し、成年後見人を付ける必要がある」として、東京家裁に医師の診断書を提出していた。ところが、この診断書は医師による診察を経ないまま作成されたものだった。虐待の事実がなかったことは、かほるさん自身が救出された後に証言している。
「虐待なんてない」本人が訴え、記録も存在せず
2025年8月31日。 肺がんを患っていた田中かほるさんは、84年の生涯を閉じた。港区による連れ去り、家族・知人との強制的な連絡遮断、意に反した家族からの引き離し。そういった2年8カ月に及ぶ苦痛から解放され、再び自由を得たのは2025年5月12日のことだ。それでも人生最期の3カ月を最愛の娘・裕子さんと一緒に過ごせたことを喜び、「残りの人生は裕子のために生きるよ」と話していた。 ただ、亡くなるまでの間も、東京家裁に選任されたA弁護士が成年後見人として、かほるさんについていた。そのため、預金の管理も後見人。自分のお金を好きに使うこともできず、不自由な暮らしだった。 連れ去られている間、かほるさんにはいったい何が起きていたのか。フロントラインプレスはこれまで3回にわたってかほるさんのケースを報じてきたが、医師法違反の「無診察診断書」の話に入る前に経緯をたどっておこう。 かほるさんが港区の職員に連れ去られたのは2022年9月22日のことだ。自宅でテレビを見ている時、裕子さんと口ゲンカになったことがきっかけだったという。しかし、つかみ合いになったわけでも、どちらかが手を上げたわけでもない。それでも、かほるさんは家を飛び出し、警察に駆け込んでしまう。かほるさんは過去に統合失調症にかかったことがあり、興奮によって妄想の症状が出た可能性がある。 警察から連絡を受けた港区は、かほるさんを保護した。ところが、その過程で港区はなぜか「裕子さんがかほるさんを虐待した」と判断し、母娘を分離させる措置を取った。裕子さんは、当時をこう振り返る。 「『すねにアザがある』と言われたのですが、それは母がお風呂に入っている時に尻餅をついてできたものでした。薬指に傷があるとも言われましたが、何年も前にオーストラリアへの旅行中に負ったものです。しかし、私の説明はまったく聞いてもらえず、母の居場所も一切教えてもらえませんでした」 連れ去られた2年8カ月の診察記録を後に確認したところ、かほるさんが娘から虐待されたと訴える記載はどこにも存在しなかった。それどころか、「家に帰りたい」「娘と連絡を取りたい」と繰り返し訴え、施設から脱走を図ったことも記録されている。 亡くなる前、かほるさん自身はフロントラインプレスの取材にこう断言していた。 「私は裕子の母親よ。ケンカぐらいはしたことあるけど、虐待なんてないよ」