散文詩・写真│カナブンの死
目の前でカナブンが死んだ。
コンクリート塀になんども体当たりして、最後はぶつかるまえに地面へと垂直に落ちた。
しばらく痙攣みたいに羽を動かしたあと、まったく動かなくなって、空からは雪が降ってきた。
雪は太陽のかたちでゆれる。
触ってみると、とてもあたたかくて、舐めてみると甘くて、ホットケーキにかけたら美味しいだろうと思った。
だから僕は鞄を開いて、牛革の財布と日焼け止めクリームと営業トークを捨てて、落ちてくる雪を集めようとした。
僕の脇を2台のトラックが通る。
1台目には「朝日」と書いてあり、2台目には「葬式」と書いてあった。
雪は順調に鞄のなかで溜まって、チャックを閉めようとしたとき、トラックが2台とも戻ってきた。
1台目は「葬式」、2台目は「朝日」
――きみは来年の夏が昨日のふりをしてやってくることを信じられますか?
だってフィナーレでこんなにも綺麗な花火をみたばかりなのに、金魚は透明でしかないポリ袋のなかで、カルキ抜きされた水と一緒に死んでいるんです。
きみもたぶん死んでいると思う。消え掛けた魂は、弱い光に浮かんだ横顔でわかる。
帰り道、たくさんのひとたちと並んで土手を歩いて、僕たちは少しずつ余韻を忘れていく。
このままなにもかも忘れられたら、きっと来年はもっと楽しい夏になる。
忘れたいと願えば願うほど記憶に強く残るものだから、来年の夏に必ずきみのほくろを思いだすね。
秋、
冬、
春、
夏。
僕の故郷は、今日、最高気温を観測したらしくて、それをネットニュースで知ることになる。
町内放送は消息不明のおばあちゃんを探してて、夕日はずっと沈まないのに、蝉だけが元気に鳴いている。
それで、あたりまえのように雪は止まない。
そういう真昼間に飲むため、冷蔵庫にはたくさんの発泡酒があって、時計の針がすべて進む。
奥には消費期限切れのマヨネーズ、これはきみがえいひれを食べるときに使っていたやつ。
届けなければいけない。
きみが今日、えいひれにつけるマヨネーズがなくて困っているような気がした。
新宿行きの終電、だれもいない車両が平成の晩夏みたいに一瞬で終わる。
ストロングゼロの口に、プラスチックのストローがやさしさの真似をして刺さっている。缶がふたつ並んでいて、寄ってきたカラスに、これは愛の名残だと教えてあげた。
僕は鞄から懐かしい雪を取り出して、空き缶に塗って食べる。鉄分が豊富で健康に良かった。
カラスにその一年をずっと見られていて、恋だと誤解されるのが嫌で、僕は走った。
止まれの標識だけが光る十字路を渡る男たちに
春側から声をかけられる。
「そんなに急いでどこにいくの?」
「マヨネーズを届けようと思ったけど、どこに運べばいいかわからなくて」
「あそこだとおもうな」
男たちはネオンを指さした。
僕はそれ(それらでもある)に向かって歩き直すと、男たちが笑いながらついてくる。
笑えているのが羨ましい。
ここにあるのは、遠慮深い信号と、踏みつぶされた吸い殻と、下品なネオンだけ。おもしろいことがあるなら僕にも教えてほしい。
夏ばかり繰り返し、笑えずに生きてきた。
それを追悼と呼ぶための覚悟を持っている。
きみが明日を簡単に愛すための理屈になる決意が漲っている。
蝉の声が小さくなる映画の終わり、花火が夏をおしまいにするとき、きみの寝顔を水平にみたい。
ただそれだけなのに、プラタナスの葉は赤くなろうとする。
僕だけが、愛。
(どちらかと言うとそう思う、という選択肢(そう言うと、街に羽が生えて、風鈴の音と共に消えてしまう)正しさに縛られながら生きてしまう)空に残りたかった花火はホットケーキを焼くための炎)指先には最古の熱が迫る)やがて、夏)夏)
意思に反して雪を溶かすアスファルトの轍を頼りに、去年より小さくなったトラックが迎えに来た。
擦り減ったタイヤにはカナブンが粉々になってしがみついている。
「葬式」に雪を塗る。
「朝日」に雪を塗って、食べる。
僕は、季節外れのきみを生きる。
最近、写真を撮るのにハマってるよ。
人物写真の練習もしたい。



小説も好きなんですけど、こういう、わぁーって頭に入ってくるものが生活に必要だと思いました。詩、好(ハオ)🫰🏻
謝謝(シェイシェイ)✌ 表現っていろいろあるけど全部おもしろい 僕は生活から脱言葉を目指し始めてる
私は幼い頃から、愛を知らずに半世紀生きてきたんだと思っている、マヨネーズ~
幼いころに得られなかったものは、自分の影になりがちなので、愛を影にしないようにこれからを生きましょうね。