もし先生が死んだら生徒がどうなるかをシミュレーションするアロナとプラナ
死別概念はなんぼあってもいいですからね
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シャーレの執務室に、静寂が広がっていた。
壁掛け時計の針は午前二時を大きく回している。外は完全な闇で、街の灯りもまばらだ。机の上には処理しきれていない書類の山がいくつも積まれている。コーヒーカップは空になり、その横には飲みかけのまま放置された缶が三本並んでいる。どれも冷め切っていた。コンビニで買ったはずのサンドイッチも、包装すら開けられずに置き去りだ。
先生はペンを走らせながら、意識の半分を睡魔に奪われていた。目の焦点が合わず、文字が二重に見える。何度も同じ行を読み直しては、首を振って気合を入れ直す。肩は石のように凝り固まり、目の奥が痛む。それでも手を止められないのは、書類がまだ積まれていたからだ。
(あと少し……あと少しだけ頑張れば、片がつく)
そう自分に言い聞かせて、すでに二時間が経過していた。体は悲鳴を上げている。頭がぼんやりとする。思考の回転が明らかに鈍っている。手が震え、字が歪む。それでも先生はペンを動かし続けた。休むことは、誰かに負担をかけることだと、彼は思っていた。
三度目の強烈な睡魔が襲ってきた時、先生は立ち上がろうとした。コーヒーをもう一杯淹れようと思ったのだ。しかし立ち上がった瞬間、足元がふらついた。体が自分のものではないように重く、一歩、二歩とよろめいた。
床には、先ほどまで整理していた書類の一部が落ちていた。それを踏んでしまい、足が滑る。止めようと手をつこうとしたが、もう遅かった。
視界が大きく回転し、鈍い衝撃が後頭部を打った。彼の視界を、暗闇がすべてを飲み込んだ。
「先生!先生!」
遠くから声が聞こえる。必死に呼んでいるのが分かる。
「大丈夫ですか先生!?起きてください!」
アロナの声だった。切羽詰まった響きに変わっている。
もう一つ、別の声が聞こえる。
「確認。……意識が戻ったようですね」
プラナだ。
先生はゆっくりと目を開けた。天井の蛍光灯が眩しい。頭の後ろがじんわりと痛む。手を伸ばしてそっと触れてみると、わずかに腫れているのが分かった。
「……あれ?私、倒れた?」
「頭を打って気絶してたんです!」
アロナの声がシッテムの箱から響いてくる。相当慌てているようだった。
「現在の先生の状態をスキャンしました。軽度の打撲のみ。意識障害や吐き気は確認されません。大事には至っていないと判断します」
プラナが、比較的落ち着いて答えた。
「そっか、よかった」
先生が起き上がろうとすると、アロナが待ったをかけた。
「ちょっと待ってください!もう休んでください!!」
「でもやらなきゃいけないことがまだあって……」
「先生、いつもそう言って無理するんですから!!」
アロナの声に、悲しみと怒りが混じる。
「自分の体を壊してまでやらなきゃいけない仕事なんて、一つもないんですよ!」
アロナの声が、珍しく真剣だった。
「先生は自分のことを大事にしなさすぎです!もう倒れるまで仕事をするのはやめてください!今回倒れただけで済んだからいいようなものの、もしもっと重いケガだったらどうするんですか!頭を打って死んでしまうかもしれないんですよ!」
「そうですよ。先生は打ち所が悪ければ簡単に死んでしまいます」
プラナも小さく付け加える。
先生は苦笑しながらも、体を起こした。頭はずきずきと痛むが、動けないほどではなかった。壁に手をついて立ち上がり、ゆっくりと椅子に座り直す。
「ありがとう、二人とも。でももうちょっと頑張るよ」
「あーもう!!」
アロナの声に、深い嘆息が混じる。
「いつもそうやって、自分のことを後回しにするんです。前に風邪を引いた時のこと、覚えてますか?熱があるのに仕事を続けて、結局一週間寝込んだでしょう。あの時も私たちが止めたのに、先生は大丈夫って」
「……覚えてるよ」
「それだけじゃないですよ。三週間前、ゲヘナの騒動で怪我をした時も、包帯を巻いたまま次の依頼に向かいましたよね?」
「全部見てましたからね。だから言ってるんです。先生はいつもそうやって、自分を後回しにするって」
アロナの声が、ふとトーンの違うものに変わった。静かで、どこか寂しげな声だった。
「先生が死んだら、生徒たちはどうなるんですか?」
その問いに、先生は一瞬言葉を詰まらせた。ペンを持つ手が止まる。
「……彼女たちなら、私がいなくなっても大丈夫だよ。みんな強いし、ちゃんとやっていける。私は彼女たちの先生でいるだけであって、いなくても困らないと思う。」
「そういう問題じゃないんです」
アロナの声に、かすかな怒りが混じった。
「考えたことないんですか?先生が死んだら、あの子たちがどうなるのか。自分がいなくなった世界で、彼女たちがどんな道を歩むのか」
「それは……」
「一度も考えたことないんでしょ。だって先生は、いつだって自分のことより他人のことばかり」
アロナの声は、静かだった。しかし、その言葉の一つ一つが、先生の胸に深く突き刺さった。
「見せてあげます。先生に、自分の言葉がどれだけ間違っているか、思い知ってもらいます」
「何を?」
「説明。シミュレーションです。先生が死んだ後の世界を、可能な限り正確に再現します。その映像を見れば、先生も考えを改めるはずです」
プラナが言う。
「……そんなことできるの?」
「先生のためですからね!さあ、覚悟してください!」
アロナの言葉に、シッテムの箱の画面が切り替わった。
「このプログラムは、先生が死亡した場合を想定して作成しました。ランダムに生徒を抽出し、先生の死とその後の彼女たちの行動を、できる限り正確に予測します」
プラナが淡々と説明した。
「不気味だな……」
「先生に考えを改めてもらうためです。」
「……ところで一つ聞いていいか?」
「何ですか?」
「このシミュレーション、途中でトイレ休憩とかあるのか?」
「……ふざけてるんですか?」
プラナが冷たく答えた。
「がっつり見てもらいますからね!逃げようったって無駄ですよ!」
「わかったわかった。見るだけ見てみるか。自分がどれだけ信頼されてるか、知るいい機会かもしれないしね」
先生は軽い調子で言った。
画面が暗転し、文字が浮かび上がった。
癌細胞「出番だと聞いて」