統廃合・民営化で揺らぐ図書館 「民主主義の砦」の価値と使命を守れ
検索すれば、何でも見つかる。AI(人工知能)に聞けば、それらしい答えが出てくる。そんな時代に、なぜ「本の森」たる図書館が必要なのか。
財政難にあおられ各地で閉館や統廃合の動きが進むなか、自治体行政に長く携わってきた片山善博さんは、逆に「今ほど公共図書館の役割が増している時代はない」と強調する。古い書物がノスタルジックな匂いを放つ「知の殿堂」に課せられた、もう一つの重要な使命とは。
格差是正の機能備えた知的インフラ
図書館は、民主主義を下支えする「知のインフラ」であり、もっと言えば「民主主義の砦(とりで)」です。
地方自治は「民主主義の学校」と言われますが、それは市民が主体的に考え、足元の課題を自ら解決していく営みです。しかし現実には、そうした自立的な市民が育つための知的環境や情報環境は、経済力や市場の論理に左右されてしまう。その中で公共図書館は、本を買えない家庭の子どもにも無料で質の高い読書環境を提供し、誰もが平等にアクセスできるという意味で、格差是正装置の機能も備えた「知的自立支援」の拠点なのです。
私は鳥取県知事時代、「知の地域づくり」を掲げ、図書館行政を地域振興の中核に据えました。県立図書館の館長にエース級職員を登用して司書資格を取得してもらい、年間約1億円の図書購入費を確保し、ビジネス支援や医療情報の提供といった「課題解決型」のレファレンスサービスを立ち上げました。
財政難や過疎化に悩む地域が自立を果たすためには、交付税や補助金をあてにして国にばかり頼るのでなく、住民自身が主体的に情報を得て、地域課題に取り組んでいくための知的拠点こそが必要だと考えたからです。図書館は単に資料を貸し出すだけの「箱物」ではなく、市民一人ひとりの自立を支え、地域の力をボトムアップするための重要な社会インフラであると再定義したのです。
昨今はSNSや生成AIの普及で民主主義を脅かす偽情報が氾濫(はんらん)し、熟議や批判的思考が侵食される危険性が指摘されています。市民には、行政の発信も含めて情報の真偽をきちんと検証するリテラシー能力を磨くことが求められています。書店が10年で3割も減り、無書店自治体は3割に及んでいます。本とのセレンディピティー(偶然の出会い)が失われつつある地域社会において、多様な専門書や郷土史料が体系的に蓄積され、自分とは異なる価値観の書物に出会える図書館の役割は、以前にも増して重要になっています。
不安定雇用に置かれる専門職
そんな公共的使命をもつ図書館にとって、最大の財産は、専門知識と高い志をもって住民に寄り添う司書の存在です。ナビゲーターとして利用者のニーズや課題を丁寧に聴き、最適な資料に接続する。こうした制度と人材に支えられることで、人々が社会的で公共的な知へ手を伸ばす回路が開かれます。
しかし近年、その基盤は揺らいでいます。人口減や財政難を背景に、各地で公共図書館の統廃合や機能見直しの動きが進んでいます。図書購入予算は全国的に下降傾向が続き、一方で利用者数や貸出冊数など目先の指標が重視され、選書がベストセラーばかりに偏るといった傾向も指摘されています。カフェなどを併設した複合施設への転換の動きも相次いでいます。人が集まるための工夫は必要ですが、本末転倒になっていませんか?
特に強い懸念を抱くのは、ここ20年ほどで進んだ指定管理者や民間への委託です。その結果、正規の公務員司書が減り、業務の最前線の実動部隊がパートや契約社員として、低賃金や雇い止めといった不安定な雇用状況に置かれるようになりました。これでは専門性やレファレンス機能が低下し、結果的に民主主義を下支えする知的拠点としての力は劣化します。コスト削減や経営効率化の要請に駆られるあまり、本来の図書館の価値と使命を見失っているとしか思えません。
公立学校の図書室の環境整備も不十分です。国の基準では12学級以上の学校に司書教諭の配置義務がありますが、これでは少子化が進む地方の小規模校は該当しません。さらに、学校図書室の運営を専門的に担う「学校司書」にいたっては配置は努力義務にとどまり、学校間で掛け持ちしたり非正規だったりと、こちらも不安定な雇用の下に置かれています。職員会議での発言権もありません。
東京・清瀬の問題が映し出すもの
公共図書館と民主主義の関係を映し出した象徴的な問題として、東京都清瀬市の例があります。市は2024年、市立図書館6館のうち4館を閉館する条例改正案を提出しました。パブリックコメントを募る際に示した基本方針案には「閉館」「廃止」と明記せず、「再構成」などと記しただけで、後になって削減方針を知った市民から反発の声が噴き上がりました。市の姿勢は、手続きの透明性と丁寧な合意形成という地方自治の根本を揺るがす、不誠実きわまりないものでした。今春の市長選で、当時の市長は図書館存続を訴えた新顔候補に敗れましたが、当然の帰結でしょう。
財政が逼迫(ひっぱく)するなか、従来の施設や雇用をすべて維持することが難しいのは事実でしょう。それでも、どんな政策や予算を優先するかで、社会の価値観が問われる。効率性では測れない、直ちには効果を生まない「人間への投資」を単なるコストと見なすなら、その社会に未来はありません。民主主義の危機が叫ばれる今こそ、未来への投資として、図書館本来の役割を守り抜くべきです。
片山善博さん
かたやま・よしひろ 1951年生まれ。大正大学特任教授・地域構想研究所所長。74年に自治省入省。固定資産税課長、府県税課長などを務め98年退官。99年から鳥取県知事を2期務めた後、2010年に菅直人内閣の総務相に。慶応義塾大教授、早稲田大大学院教授などを歴任。
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- 白川優子国境なき医師団看護師・作家視点
AIや検索エンジンが発達した今だからこそ、図書館の価値はむしろ高まっていると思います。情報があふれる時代に必要なのは、単に答えを得ることではなく、情報の信頼性を確かめ、多様な視点に触れ、自分で考える力を育てることです。「検索で答えが見つかること」と「自分で考える力が育つこと」は別物だと感じます。 図書館はそのための公共インフラであり、誰もが経済状況に関係なく知識にアクセスできる貴重な場です。単に本を貸す場所ではなく、市民の知的自立を支える公共インフラとして再評価されるべきだと思います。
2026年7月20日 16:49