他の方のコメントについてはわかりませんが、私のことでよければ。
仰ることはわかります。
まず私は「あれは暴力だ」と言っているのではなく、「銃を使って平和を訴えるな」と言っています。
私はこのポストでも銃への嫌悪感を書いています。
当然、コルクの弾のおもちゃの銃では人は死にません。
あれが暴力か?と問われたら、物理的な暴力でないことは明確です。
ですが、私が問題視しているのは「なぜ平和を訴え、レイシズムを批判する人たちが、銃に対してここまで鈍感でいられるのか?」です。
このツリーの最初のポストにも書きましたが、アフリカでライフルを持つ少年兵や、ボスニアのスナイパー通りで殺される市民、ウクライナでの虐殺、当然、ハマスによるイスラエル人の襲撃、イスラエルによるパレスチナ人の虐殺だって見たことがないわけではないでしょう?
ほぼニュース映像だけだったものが、SNSの普及でリアルタイムで殺される人たちの画像や映像が入ってくるようになった。
ここ2年で信じられないほどの遺体の画像や写真を見てきました。
爆撃でバラバラになった遺体だけでなく、当然、銃により殺されている遺体もたくさん見ました。
ガザでは赤ちゃんを含む子供の遺体だらけです。
そういう写真や動画を見たことはありますか?
レイシズムの行き着く先は虐殺とよく言われますが、それをリアルタイムで見せつけられていたのがガザです。
路哲のみなさんが、まさかそれを見たことがないとは思えません。
その武器で殺されている人々を見て、呑気に「新しいゲームがはじまりました」と、コルクの銃とはいえ、クーフィーヤを巻き、そこそこリアルなライフルを持ち、訴えることが「ファシストを撃て」という、鈍感さとグロテスクさに、私はものすごい嫌悪感を覚えるのです。
ネットで批判がひとり歩きする問題、というのはわかります。
だから私はいつも、大事なことはできるだけ長文で書いています。
短文では受けてによっていくらでもひとり歩きをするからです。
それはネットを使う側のリテラシーのひとつだとも思っています。
直接言え、という批判には賛同できません。
彼らもSNSを利用している以上、SNSで批判されるのは当然でしょう。