高市内閣の財政拡張路線が鮮明になっている。
政府は6月24日、経済財政諮問会議と日本成長戦略会議の合同会議を開き、新たな成長戦略に向けた「官民投資ロードマップ」を提示した。AI(人工知能)、半導体、宇宙、造船、防衛、量子、バイオ、エネルギーなどの17の戦略分野について、2040年度までに官民合わせて370兆円を超える投資を行う方針が示された。
高市政権の「責任ある積極財政」の目玉として、7月に取りまとめる「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」や日本成長戦略に盛り込む。首相は会議で「未来への投資不足の流れを断ち切る」と述べた。
金融市場で広がる政府への疑念
問題は、その財源と政策効果だ。政府支出を呼び水にして民間投資を引き出すという説明はなされているが、どの程度が政府負担となるのか、財源をどのように確保するのかは明確でない。財源の裏付けが不十分なまま巨額の投資計画が示されれば、市場は財政悪化のリスクとして受け止める。
また、消費税減税についても、国民会議で検討が行われている。とくに食料品を対象として、一定期間の消費税率引き下げが議論されている。
しかし、恒久的または長期的な減税を行うのであれば、それに見合う恒久的な財源が必要になる。十分な財源を示さないまま減税を行えば、社会保障財源を損ない、将来世代への負担を増やすことになる。
このように、現在の政策運営には「成長投資」と「減税」という2つの財政拡張要因が同時に存在している。これが市場において「日本の財政は本当に持続可能なのか」という疑問を強めているのである。
政府の姿勢を反映して、これまでも続いていた日本経済のマクロ的な動向が、このところ極めてはっきりした形で表われている。それは「長期金利の上昇」と「円安の進行」だ。
まず長期金利について見ると、新発10年国債利回りは昨年秋には1.6%台であったが、その後上昇を続け、今年に入ってからは2%台に乗せた。そして最近に至って、上昇のテンポが速まっている。7月9日には2.9%に達した。
続いて、円安の進行についても見ておきたい。これも昨年から続いていたが、今年に入ってから一段と進んだ。
大型連休前の4月30日には1ドル=160円台後半まで円安が進んだ後、為替介入が行われたとみられ、一時155円台まで円高に戻した。しかし、その効果は長続きせず、再び円安基調に戻った。7月6日には1ドル=162円台前半から半ばとなった。これは約40年ぶりの円安水準に近く、危機的な水準である。
物価上昇を加速させる歴史的円安
教科書的な経済学では、政府が拡張的な財政政策を行えば、金利が上昇し、それによって海外から資金が流入し、為替レートは円高になると説明される。しかし、いま起きているのは、それとちょうど逆の現象だ。長期金利が上昇しているにもかかわらず、円安が進行している。
しかも、上述のように日本政府は4月末から5月初めにかけて円買い介入を行ったにもかかわらず、円安を止めることはできなかった。このことは、現在の円安が単なる短期的な投機の動きによるものではなく、日本経済の基礎的条件に根ざした強い圧力によって生じていることを示している。
これまで円安は、日本の輸出を促進するものとして望ましいことと考えられることが多かった。しかし、現在のような円安は日本経済にマイナスの影響を与える側面が強い。
まず、円安によって輸入物価が上昇し、日本の物価上昇をさらに悪化させることになる。エネルギー、食料品、原材料などの輸入価格が上がれば、企業のコストが増え、それが消費者価格に転嫁される。
また、日本企業の海外生産比率が高まると、円安になっても日本からの輸出が大きく増加するとは限らない。かつてのように円安が輸出拡大と企業収益の増加につながる構造ではなくなっている。むしろ、輸入価格の上昇を通じて家計の実質所得を圧迫し、国内消費を弱める危険が大きい。
なぜこのような“異質な円安”が進行しているのか。それは、財政に対する信頼という要素が重要だからである。
将来の財政に対する信頼が失われると、国債投資を行うためには、これまで以上に高いプレミアムが必要になる。つまり、金利は上がる。しかし、それは日本経済の成長力が高まったためではなく、日本国債を保有するリスクが高まったための金利上昇である。
したがって、為替市場では円に対する信頼も同時に低下する。金利が上がっているにもかかわらず、円が買われるのではなく、むしろ円が売られるのである。
投資家が「上乗せ金利」を要求している
「金利が上がっているのに円安が進む」という謎を解くカギは「タームプレミアム」にある。
通常、金利が上昇するのは、経済成長率が高まり、企業の投資需要が強まり、資本に対する需要が増える場合だ。この場合の金利上昇は、いわば健全な金利上昇である。経済の成長力が高まっていることの反映だからだ。
しかし、現在の日本で起きている金利上昇は、そうした健全な金利上昇とは性格が異なる。企業の投資需要が強まっているために金利が上がっているというよりも、国債を保有する投資家が、将来の財政や物価に対する不安を強めているために、より高い利回りを要求している面が大きい。
これが「タームプレミアムの上昇」と呼ばれるものだ。タームプレミアムとは、長期の国債を保有することに伴う不確実性に対して、投資家が要求する上乗せ金利である。
将来のインフレ率がどうなるか、財政赤字が拡大しないか、国債の発行が増えすぎないか、中央銀行がどの程度国債を買い支えるのか。こうした不確実性が高まれば、投資家は国債を買うために、より高い利回りを求める。
現在起きている円安は、このメカニズムによる面が大きいと考えられる。つまり、金利上昇と円安は別々の現象ではない。財政への不安、物価への不安、政策運営への不安という同じ“根”から生じているのである。
そのように考えれば、現在起きていることは日本経済にとって大きな危機である。とりわけ重要な問題は、消費税減税を行おうとしていることだ。そして、そのために十分な財源が用意されていないことだ。
したがって、将来の社会保障財源に大きな影響を与える。これはタームプレミアムを高める極めて大きな要因になっているのではないかと考えられる。
いま必要な経済政策は何か
以上のことから、現在の日本にとって必要な対応は次の3つとなる。
第1は、財源の裏付けのない減税を避けることだ。消費税は社会保障を支える重要な財源である。これを減税するのであれば、同時に代替財源を明確にしなければならない。代替財源を示さない減税は、家計支援に見えても、長期的には財政不安を強め、金利上昇と円安を通じて、むしろ国民生活を圧迫する。
第2は、金融政策と財政政策の整合性を取り戻すことだ。日本銀行が物価上昇を抑えるために金融政策を正常化しようとしているときに、政府が財源なき財政拡張を進めれば、政策の方向が矛盾する。その矛盾は、市場では長期金利上昇と円安として表れる。
第3は、円安に依存しない経済構造を作ることだ。円安によって輸出企業の収益を押し上げるという発想は、もはや十分ではない。必要なのは、国内の生産性を高め、実質賃金を上げ、輸入物価上昇に耐えられる経済を作ることである。
長期金利の上昇と円安の進行は、単なる市場の一時的な変動ではない。それは、日本経済に対する市場の警告である。財政への信頼を取り戻し、成長力を高める政策へ転換しなければ、金利上昇と円安はさらに進み、物価上昇と生活不安を強めることになるだろう。