放課後の教室には、夏の終わりの風がゆっくりと流れ込んでいた。
文化祭の準備が終わり、残っているのは私と勇斗くんと仁人くんの三人だけ。窓の外ではオレンジ色の空が広がっていて、グラウンドからは運動部の掛け声が聞こえてくる。
勇斗くんが大きく伸びをしながら机に突っ伏した。明るくて、誰とでもすぐ仲良くなれて、いつも場の空気を軽くしてくれる人。そんな彼の隣にいると、自然と笑ってしまう。
仁人くんは段ボールをまとめながら、静かにそう言った。派手ではないけれど、気づけばいつも周りを見ていて、困っている人を放っておけない。ふとした優しさに何度も助けられてきた。
私は二人の間で、なんだか落ち着かない気持ちを抱えていた。
文化祭の準備期間、勇斗くんとは毎日のようにふざけ合っていた。ペンキで手を汚して笑ったこと、休憩中にジュースを半分こしたこと。どれも楽しくて、胸が弾んだ。
でも、遅くまで残った日に ″暗いから送ってく″と何も言わずに隣を歩いてくれた仁人くんの背中も、忘れられなかった。
どちらといる時も、違う形で心が温かくなる。
勇斗くんが椅子を回しながらこちらを見る。
仁人くんが苦笑した。
そんな何気ないやり取りを聞きながら、私は笑った。二人が一緒にいる空気が好きだった。だからこそ、この気持ちが変わってしまうのが怖かった。
片付けを終えて校舎を出ると、空はすっかり藍色に染まっていた。
コンビニへ向かう途中、勇斗くんが少し前を歩き、仁人くんが私の隣を歩く。夏の夜風が制服の袖を揺らした。
横顔を見ると、街灯の光が彼のまつげを照らしていた。
そう返すと、仁人くんは目を細めた。
その時、前を歩いていた勇斗くんが振り返る。
走って戻ってきた勢いで、私の手首を軽く引いた。その瞬間、心臓が大きく跳ねる。
仁人くんが小さく呟いた。
勇斗くんは ″あ、ごめん″ と笑って手を離したけれど、指先に残った熱が消えなかった。
コンビニでアイスを買い、公園のベンチに並んで座る。三人でいるはずなのに、どこか静かな時間だった。
その言葉に安心しかけた時、隣から低い声が聞こえた。
思わず勇斗くんを見ると、アイスの棒を見つめながら続けた。
空気が止まったようだった。
勇斗仁人くんも黙ってしまう。いつもの明るい表情が少しだけ揺れた。
仁人くんが慌てて止めようとするも、食い気味で勇斗くんが続けた。
図星をつかれたのか、耳を少し赤くした仁人くんが目を逸らして述べた。
胸がぎゅっと締めつけられる。
二人とも、同じ気持ちだったんだ。
夜の公園で、蝉の声だけが遠くに響いていた。
仁人くんが視線を逸らす。
勇斗くんはそう言って、私を真っ直ぐ見た。
二人の視線が重なる。
逃げたくなるくらい恥ずかしいのに、不思議と嫌じゃなかった。
答えなんて、まだ出せない。
でも、夕焼けの教室で笑い合った時間も、夜道を並んで歩いた時間も、全部が大切だった。
風が吹いて、木々がさらさらと揺れる。
私は小さく息を吸って、二人を見た。
夏の終わりの夜。
まだ答えのない恋は、静かに始まったばかりだった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!