花火大会の日。
待ち合わせ場所に向かうと、すでに仁人くんは腕を組んで立っていた。
そう言いながら目を合わせようとしない。でも、待ち合わせ時間より十分も早く来ていたことは、わたしも知っている。
短く返されて思わず笑うと、″何笑ってんの″ と少しだけ不機嫌そうな顔をされた。
少し照れながら聞くと、仁人くんは一瞬だけこちらを見て固まる。
それだけ言って歩き出してしまう。
耳まで赤くしながら言われたその一言だけで、準備に時間をかけた甲斐があったと思えた。
屋台では射的に夢中になったり、かき氷を半分こしたり、金魚すくいで笑い合ったり。仁人くんは相変わらず、私の様子を見て、私が喜ぶたびに少しだけ表情が柔らかくなる。
花火が始まる少し前、人混みが一気に増えた。
誰かと肩がぶつかり、思わずよろける。
その瞬間、手首をぐっと掴まれた。
そう言って、掴んだ手は離さない。
私がそっと指を絡めると、仁人くんは少しだけ驚いた顔をした。
そう返しながら、今度は向こうからぎゅっと握り返してくる。
その手の温かさに、自然と笑みがこぼれた。
夜空に大きな花火が咲いた。
赤、青、金色――次々に色を変える光が二人を照らす。
思わず見上げる私の隣で、仁人くんは花火ではなく、私を見ていた。
図星だったのか、仁人くんは小さく舌打ちをして目を逸らす。
そんなやり取りをしているうちに、最後の大きな花火が夜空いっぱいに広がった。
歓声が上がり、人の波が少しずつ駅へ向かっていく。
二人もゆっくり歩き始めた。
素直な言葉が聞けるなんて思っていなかった。
照れたように笑うその横顔が、いつもよりずっと優しく見えた。
家の前に着く。
顔を真っ赤にしながら視線を逸らす姿が可愛くて、思わず笑ってしまう。
その言葉を言い切ると同時に、″ あーもう、″ と小さくため息をついた仁人くんは、照れ隠しをするように私の腕を軽く引いた。
気づけば、二人の距離はあと少し。
優しく頬に手が添えられる。
少しだけ目を閉じると、唇がそっと重なった。
花火みたいに一瞬で終わる、優しくて甘いキス。
離れたあと、仁人くんは真っ赤な顔のままそっぽを向く。
そう言いながらも、帰ろうとするあなたの手をもう一度ぎゅっと握る。
ぶっきらぼうな言い方なのに、その約束だけはどこまでも優しかった。
あなたは繋いだ手を握り返し、″ うん ″ と笑う。
その返事に仁人くんは照れくさそうに笑って、″……絶対だから ″ と小さく呟いた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!