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映画『聖地には蜘蛛が巣を張る』より
映画『聖地には蜘蛛が巣を張る』より

ミソジニーに宗教・収入・パートナーの有無は関係ない

女性に対する社会の二面性がサイードのような人間を生んだと指摘する監督。サイードの中のミソジニーはいかにして芽吹いたのか。敬虔なイスラム教徒であることから宗教的な価値観が背景にあるかと思いきや、監督はそれを強く否定する。

「ミソジニーと宗教は関係ないんです。私がサイードの人生を知ったとき、これは普遍的な人間の問題だと思いました。イスラム教の問題ではない」

『聖地には蜘蛛が巣を張る』より
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映画で描かれているように、実在のサイードも優しい妻、子ども、親戚や友人たちに愛された人物であった。ただひとつ闇があるとすれば、イラン・イラク戦争に出征した過去があり、戦地で何かしらの傷を受け、PTSDのような症状があったことだ。

「PTSDだったから娼婦たちを殺害したのではなく、戦争で身を犠牲にしたところで何も変わらず、社会にとって自分はどうでもいい存在であるということに気づいたから、自分の存在意義を見つけるために娼婦たちを殺したんだと思います。“街を浄化する”という使命は、後付け的なものではないでしょうか」

『聖地には蜘蛛が巣を張る』より

自分より弱い女性を殺すことで、“何者でもない自分”に対する不満を解消する――。ミソジニーは社会から孤立した者が陥りやすいと筆者は思っていたが、サイードは孤立していなかった。そのことについて、監督は次のように持論を語った。

ミソジニーにパートナーの有無や収入は関係ないんです。家庭や環境に恵まれたお金持ちのミソジニストはたくさんいます。僕が思うに、ミソジニストは人種差別主義者のようなものなのではないでしょうか。ミソジニーはどこからくるのか――。人種差別と同様に、実に様々な要素が絡み合っていると思います。女性にもミソジニストはいますよね。サイードの妻もミソジニストですし」

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