日本よりずっと進んでいると思っていたが…
アメリカは、避妊方法の選択肢が多く、アフターピルも薬局で買え、妊婦の約7割が無痛分娩を選ぶ国だ。女性のリプロダクティブヘルス・ライツ(性と生殖に関する健康と権利)において、日本よりもずっと進んでいる。
実際、筆者が90年代後半に米・バージニアの公立高校に通っていた頃、各女子トイレには無料の生理用ナプキンのディスペンサーが置いてあったし、その後通ったペンシルベニア州やニューヨーク州の大学の保健室には、無料のコンドームが置いてあった。2000年代初頭、筆者の周りのニューヨークの女子大生たちは避妊ピルを飲むか、避妊注射や避妊の皮下インプラントを受けるかしていた。
だが、7月16日(金)に公開される映画『17歳の瞳に映る世界』を観て、実はアメリカでリプロダクティブヘルス・ライツに大きな格差があることを知った。
本作は、17歳で妊娠してしまった高校生のオータム(シドニー・フラニガン)がいとこのスカイラー(タリア・ライダー)と一緒に、地元ペンシルベニア州から、保護者の許可なしに中絶できるニューヨーク州へ長距離バスで向かうロードムービーだ。田舎から大都会に着いた女の子たちが助け合い、シスターフッドを育む様子は青春の1ページを見るようで微笑ましいが、若い女性たちがあらゆる場所で性暴力にさらされている現実を突きつけられる。
本作の監督と脚本を務めたエリザ・ヒットマン氏の海外インタビューと、ペンシルベニアとニューヨークに住み、オータムと同じクリニックに通っていた筆者の経験をもとに、アメリカと日本のリプロダクティブヘルス・ライツの問題について考えてみたい。
中絶医の暗殺、中絶クリニックへの襲撃も
日本より女性のリプロダクティブヘルス・ライツが充実しているアメリカだが、近年、中絶クリニックが閉鎖に追い込まれ、生殖の権利が女性の手から離れていっているのを知っているだろうか。
アメリカで中絶が合法になったのは1973年。以来、女性の中絶権を支持するプロチョイス派(女性の選択を尊重する)と、反対するプロライフ派(胎児の命を尊重する)が、ときに殺人事件にまで発展するほど血みどろの闘いを繰り広げてきた。
といっても、中絶医を暗殺したり、中絶クリニックを襲撃したりするのはプロライフ派だ。作中、中絶クリニックを訪れるオータムとスカイラーが、クリニック前でデモをするプロライフ派に驚くシーンがあるが、プロライフ派は中絶しようとする女性への説得を目的に、クリニック前で待ち構えているのだ。
映画を観れば分かるが、プロライフ派には狂信的な人が多く、オータムと同じクリニック「プランド・ペアレントフッド」(中絶手術、避妊薬処方、性病治療などを行う非営利団体及びその施設)へ避妊注射を受けに通っていた筆者も、クリニックに入るのを妨害されたことがある。あちこちから腕を引っ張られて、非常に怖い思いをした。
プロライフ運動には様々な宗派の人が参加しているが、もともとはカトリック教会の一部グループから始まった。彼らは教会の経済力と組織力を活用し、国政・地方政治に働きかけて、なんとか中絶を非合法化しようと憲法修正に向けて運動してきた。
そして、保守派の政治家も、票を獲得するため中絶論争を利用する。レーガン、ブッシュ、トランプら保守である共和党の大統領たちが、最高裁判所に保守派の判事を送り込み続け、現在、最高裁のマジョリティは保守派の判事が占めるようになった。その結果、多くの州が「中絶制限法」を成立させて、中絶クリニックを閉鎖に追い込んでいるのだ。
若い女性たちを苦しめる「中絶制限法」
例えば、オータムとスカイラーが住むペンシルべニアには厳しい中絶制限法があり、中絶クリニックの数は2014年から2017年にかけて10%も減少しているという。中絶クリニックへのアクセスがなくなると、一番困るのは貧しく若い女性たちだ(※1)。公的助成金を受けた「プランド・ペアレントフッド」のような医療施設では貧困者や未成年を支える様々な助成金があり、支援を必要とする女性は無償に近いかたちで中絶が受けられる。
また、ペンシルベニアの中絶制限法は、未成年者の中絶に保護者の署名を必要としているが、貧困層の女性のなかには、親から虐待やネグレクトを受けている人が少なくない。だから、スカイラーはオータムのためにバイト先で受けるセクハラを我慢して、親の許可なく中絶できるニューヨーク州への旅費や中絶費用をなんとか捻出しようとするのだ。
中絶クリニックが減少している州が増えている一方、民主党派の多いリベラルなニューヨークでは、2014年から2017年にかけて中絶クリニックが19%も増えている。こうやって、アメリカの「保守 vs リベラル」の対立は、女性のリプロダクティブ・ヘルス・ライツに分断や不平等を生み出しているのである(※2)。
エリザ・ヒットマン監督も米サイト「The Playlist」のインタビューで、映画のテーマを次のように訴える。
「この映画は、女性が自分の体に対して力を持っていないこと、男性が作った目に見えない障害に阻まれていること、そして、障害を乗り越えようとする女性の強い力について描いています。また、女性の生殖の医療が、女性ではなく男性に決められている現状にも焦点を当てたかったのです」
日本では「女性の性」が「女性の人権」と捉えられていない
では、日本はどうだろうか。日本の中絶は“プライバシー”と捉えられ、中絶クリニックへのアクセスはアメリカよりも簡単だ。ただ、未成年者でも同意書に相手の男性のサインが必要だし、費用も10万円以上かかる。
映画でオータムが駆け込んだ医療施設「プランド・ペアレントフッド」や「チョイシズ女性医療センター」は、あらゆる層の女性のために、カウンセリング、性教育、定期検診、避妊、中絶など、性と生殖の医療を提供している。筆者も学生のときは「プランド・ペアレントフッド」から無料に近い医療を受けていた。残念ながら、このような医療センターは日本では聞いたことがない。
それどころか、日本ではリプロダクティブヘルス・ライツが、医療従事者のあいだでも“女性の人権”として捉えられていないように思う。
例えば、FRaUwebの記事「教師の性暴力に苦しんだ女性の告白『先生は一切避妊をしなかった』」では、ライターの桑沢まりかさんが、女子高生のときに性暴力を受け、産婦人科でアフターピルを処方してもらおうとしたら男性医師から呆れられたうえ、「このような事態が二度とと訪れないように万全を期します」という文章が書かれた紙にサインするように言われた自身のエピソードを紹介している。
昨年、アフターピルのOTC化をめぐり、「“じゃあ次も使えばいいや”という安易な考えに流れてしまうことを心配している」という日本産婦人科学会・前田津紀夫副会長の発言も、多くの人が覚えているだろう。
そもそも、避妊ピルの認可は議論が始まってから44年もかかったのに、バイアグラの認可はたったの半年。避妊注射や皮下インプラントはいまだに議論にも上らない。先進国ではもうほとんど行われていない、女性の体に痛みやダメージを伴う古い中絶法「掻爬法」も未だに行われているし、無痛分娩の普及率も約6%と非常に低い(日本産婦人科医会調べ)。
こんなふうに、何の根拠もなく“女性の性”を勝手に危険視しコントロールしようとするのは、いつも“男性”の有識者だ。日本人女性のリプロダクティブヘルス・ライツもまた、男性権力者に支配されているといっても過言ではない。
セカンドレイプを防ぐための「4択」
さて、『17歳の瞳に映る世界』の原題、『Never Rarely Sometimes Always』には非常に大きな意味が隠されている。これはオータムが中絶手術の前に、カウンセラーから過去の性的経験について聞かれる質問に対する4択の回答で、「暴力を振るわれたことは?」「無理やり性行為をされたことは?」などの質問に答えるためのものだ。
Never(一度も~ない)
Rarely(滅多に~ない)
Sometimes(時々~だ)
Always(いつも~だ)
筆者も「プランド・ペアレントフッド」でこのような質問を受けたことがある。当事者が答えやすいようにと意図的に4択にされているのは、「性暴力の被害者に無理やり詳細を語らせることはセカンドレイプである」という意識が浸透しているからだ。
オータムが4択から答えを選んでいくうちに、彼女が心のなかで抑圧していたものと向き合い、必死で戦い、受け入れる。過剰な演出もセリフもない、たった数分間のシークエンスなのに、その切実さに観客は思わず息を呑み、オータムの強さに勇気づけられるのだ。このオータムの心の動きを感じるだけでも、本作を観る価値があるだろう。
しかも、この場面のカウンセラーを演じているのは役者ではなく、「チョイシズ女性医療センター」で実際に働くソーシャルワーカーだという。本作がノスタルジックなティーンのロードムービーで終わらない点は、こういったディテールにリアリティが加えられているからだろう。
“小さな性暴力”に慣れてしまっていないか
若い女性を取り巻く性暴力を浮き彫りにするのは、このシーンだけではない。バイト先、家庭、学校、長距離バス、地下鉄で、オータムとスカイラーは常に男性の“性的目線”にさらされる。彼女たちの瞳を通してそれらを追体験することによって、筆者は自分が過去に経験した性的な嫌がらせを思い出し、そういった“小さな性暴力”にすっかり“慣れてしまった”大人の自分に気がついた。
先述のインタビュー記事で、ヒットマン監督も次のように語っている。
「男性の視線を上手くかわしていきながら、そういったものに“鈍感”にならないといけない、若い女性のたどる道をこの映画は描いています。彼女たちが常に感じている緊張感を映し出すことによって、男性の性的な侵害がどのようなものかをもっと深く理解してほしかった」
監督は、2012年にアイルランドで中絶が違法だったために死亡した女性の記事を読み、本作の制作に踏み切ったという。世界中の女性の性と生殖に関する権利は、まだまだ女性自身の手にはないのだ。
リプロダクティブヘルス・ライツとアメリカの中絶論争をさりげなく示唆しながらも、思春期の女の子が抱える不安、葛藤、強さや希望を青春ロードムービーのかたちで表現する『17歳の瞳に映る世界』。日常に溶け込んだセクハラは“性暴力”だということ、女性のカラダの権利が男性に委ねられているということに対し、私たちはもっと声を上げていかなければいけないことを、この映画は教えてくれる。
※1…State Facts About Abortion: pennsylvania - guttmacher.org
※2…State Facts About Abortion: New York - guttmacher.org
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