性犯罪に関する日本の司法は崩壊している
女児34人を盗撮した元教諭に執行猶予――盗撮型性犯罪を「更生」だけで語ってよいのか
内科健診中の女子児童を盗撮したなどとして、性的姿態撮影処罰法違反などの罪に問われた大垣市の公立小学校の元教諭、33歳の男に対し、岐阜地裁は18日、懲役3年、執行猶予4年の有罪判決を言い渡した。
報道によれば、男は2024年5月、当時勤務していた大垣市の公立小学校で、内科健診中の女子児童34人を小型カメラで盗撮した罪に問われていた。さらに、元教え子の女性に対し、性的な画像をLINEで送るよう要求するなど、性犯罪を繰り返していたとされる。
裁判で平手一男裁判官は、「教員の立場を悪用し性的欲求のおもむくままに犯行を繰り返したことは強い非難に値する」と述べた。
しかし一方で、被害者に謝罪したことや懲戒解雇処分を受けていることなどを踏まえ、検察側の懲役3年の求刑に対し、懲役3年、執行猶予4年の判決を言い渡した。
私はこの判決に、強い疑問を感じる。
今回の事件は、単に一人の元教諭が起こした盗撮事件として見るべきではない。
盗撮型性犯罪の再犯性、認知件数の増加、教育現場の監査不備、日本版DBSの限界、そして被害者の性的尊厳をどこまで守れるのかという問題として考える必要がある。
平成27年版犯罪白書では、盗撮型性犯罪者の再犯率は36.4%と示されている。
つまり、盗撮は「一度の出来心」で片付けられる犯罪ではない。
さらに、令和7年の犯罪情勢では、性的姿態撮影等処罰法違反の認知件数が9千件を超えている。法整備が進み、撮影罪が新設されても、現実にはこれだけの件数が認知されている。
この数字を前にしてもなお、加害者の更生だけを中心に据え、監視、職域制限、機材所持の制限、犯罪収益の剥奪、継続的な再犯防止策に踏み込まないのであれば、被害者は増え続ける。
執行猶予制度そのものが法律上存在することは理解している。執行猶予の期間も、法律上、1年から5年の範囲内で裁判所が決定するとされている。
しかし、今回問われるべきは、法律上執行猶予を付けられるかどうかではない。
教員という立場を利用し、学校という子どもが安心して通うべき場所で、内科健診という児童が無防備にならざるを得ない場面を狙い、34人もの女子児童を盗撮した。さらに、元教え子に対しても性的な要求をしていたと報じられている。
これは一時の出来心ではない。
職域、立場、信頼関係を悪用した、極めて悪質な性犯罪である。
それにもかかわらず、謝罪したことや懲戒解雇されたことを理由の一つとして、刑務所に収容せず社会内での更生を認める判断が本当に妥当なのか。
被害児童34人の恐怖、不安、怒り、保護者の苦しみ、そして子どもたちの性的尊厳は、どこまで重く見られたのか。
盗撮犯罪は、単に「撮影した」という軽い犯罪ではない。
被害者は、自分の身体が知らないところで撮影され、保存され、どこに流出するかわからないという恐怖を背負わされる。データが本当に削除されたのか、誰かに見られていないのか、将来どこかで出回ることはないのか。その不安は、判決が出たからといって消えるものではない。
特に今回の被害者は児童である。
学校への不信感、大人への恐怖、自分の身体に対する嫌悪感、将来にわたる不安。子どもの心に残る傷は計り知れない。加害者が謝罪したからといって、被害者の傷が回復するわけではない。
懲戒解雇も同じである。
懲戒解雇は、加害者が職場から受けた処分であって、被害者の性的尊厳を回復するものではない。加害者が職を失ったことと、被害者が受けた被害の重大性を安易に同じ天秤に乗せるべきではない。
今回の事件は、学校現場の監査体制の甘さも浮き彫りにしている。
内科健診という場面で、なぜ小型カメラが持ち込まれ、34人もの児童が被害に遭ったのか。
健診会場の管理はどうなっていたのか。
職員の立入り確認はされていたのか。
第三者の目は機能していたのか。
不審物や記録機器への確認体制はあったのか。
学校側の監査や点検は、実際に運用されていたのか。
制度やマニュアルがあっても、現場で使われていなければ意味がない。
監査システムが存在していても、形式だけで終わっていれば子どもは守れない。
日本版DBSについても同じである。
日本版DBSは、子どもに関わる仕事に就く者について、性犯罪歴を確認する制度として導入が進められている。制度として一定の意味はある。
しかし、日本版DBSだけで子どもを守れるわけではない。
前科がない者、立件されていない者、初犯として扱われる者、制度の対象外にいる者による犯行を、前科確認だけで防ぐことはできない。
日本版DBSを導入したことで、「これで安全だ」と現場が錯覚するのであれば、それは非常に危険である。
必要なのは、前科確認だけではない。
現場での監視、点検、通報、証拠保全、複数人による確認体制、健診時の導線管理、記録機器の持込み対策、職員教育、再犯防止まで含めた実効性ある仕組みである。
性犯罪をなくすには、厳罰化だけでは足りない。
もちろん、厳罰化は必要である。
子どもを狙った盗撮、職域を利用した盗撮、教育・医療・福祉の場で行われる盗撮には、より重い処罰が必要だと考える。
しかし、厳罰化だけでは性犯罪はなくならない。
加害者の性的嗜好、認知の歪み、常習性、支配欲、画像収集への執着などには、医療的・心理的な再犯防止の視点も必要である。刑罰を科して終わりではなく、再び子どもや女性に近づかせないための監視、治療、接触制限、職業制限まで含めて考えなければならない。
また、盗撮犯罪では、犯罪収益の追及も重要である。
盗撮画像や動画は、個人の性的欲求だけで終わるとは限らない。保存され、交換され、販売され、拡散され、場合によっては脅迫や支配の道具にもなる。
だからこそ、犯人を処罰するだけでなく、保存媒体、送信履歴、販売経路、決済手段、犯罪収益の流れまで追及する必要がある。
小型カメラや偽装カメラの販売規制についても、真剣に議論すべき段階に来ている。
防犯目的や業務上必要な機材まで否定するつもりはない。しかし、盗撮に悪用されやすい機材が誰でも簡単に購入できる現状を、このまま放置してよいのか。
購入者確認、販売記録、用途確認、警告表示、販売業者の責任など、一定の規制や自主ルールは必要ではないか。
今回の事件で問われているのは、一人の元教諭の犯罪だけではない。
性犯罪に甘い司法。
現場で使われない監査システム。
日本版DBSだけに依存する危うさ。
簡単に入手できる盗撮機材。
犯罪収益への追及不足。
刑罰だけに任せる再犯防止の限界。
これらを、法律、医療、教育、行政、警察、民間のあらゆる視点から考えなければ、盗撮犯罪はなくならない。
子どもを守るべき教員が、子どもを性的対象として盗撮した。
それも34人である。
さらに元教え子に対しても性的な要求をしていた。
この事実の重さを、司法は本当に理解しているのか。
被害者の性的尊厳は、謝罪や懲戒解雇で回復するものではない。
執行猶予付き判決で社会に戻すのであれば、その後の監視、治療、接触制限、機材所持への対応、子どもに関わる職場への再接近防止まで含めて制度化されなければならない。
盗撮は軽い犯罪ではない。
子どもの身体、心、尊厳、人生を傷つける重大な性犯罪である。
性犯罪に甘い社会のままでは、被害者は守れない。
司法も、教育現場も、行政も、医療も、警察も、そして社会全体も、子どもたちの性的尊厳を守るために、本気で向き合うべきである。
そして、このような被害を受けた子どもたちと保護者が、泣き寝入りすることなく、法的にも精神的にも守られる社会であってほしい。
被害者の性的尊厳を守るためには、諸外国と同様の厳しい法律の力が必要である。
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