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世界中で、ワクチン接種が急ピッチで進んでいる。そんな中これから始まる日本で起きた出来事とは……。photo/Getty Images
世界中で、ワクチン接種が急ピッチで進んでいる。そんな中これから始まる日本で起きた出来事とは……。photo/Getty Images

コロナワクチン報道に怒り…医師の作家が出版社に記事撤回を求めた理由

コロナの今大切なメディアの役割

SNSで医療従事者が一斉に抗議に動いた

1月21日、『天久鷹央の推理カルテ』シリーズや『仮面病棟』などのベストセラーを数多く出しているミステリー作家で医師の知念実希人氏のTwitter(@MIKITO_777)が話題を集めた。

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新型コロナウイルスのワクチンに関して、不安を煽る報道が複数の媒体で相次いだことで、Twitterでは、ワクチンに対するメディアの報道姿勢に多くの医療従事者から批判の声が殺到したのだ。

知念氏もワクチン報道のあり方に懸念を抱いていた。自分としてできることはないかと考え抜いた結果、ひとつの行動に出た。問題となった報道が、自身が著作を出している出版社であったこともあり、直接抗議をした。非科学的な事実と異なる記事で、過剰に不安を煽ることを控えてもらうように依頼し、それが受け入れられない場合には今後の刊行を検討するという内容のものだった。

作家にとって自分の著作はまるで子供のような、とても大切な存在だ。知念氏もその思いは変わらない。今回の抗議は断腸の思いであったに違いない。それでもTwitterにコメントをした理由は一体なのだろうか? 作家であり、医師でもある立場だからこそ憤った今回の出来事を振り返りながら、新型コロナウイルスのワクチン接種への思いを語っていただいた。

知念実希人(ちねん・みきと)沖縄県生れ。東京慈恵会医科大学卒業。2004年から医師として勤務。2011年に『レゾン・デートル』で島田荘司選ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を受賞し、翌年、タイトルを『誰がための刃』と改題し、作家としてデビュー。2018年に『崩れる脳を抱きしめて』で広島本大賞、沖縄書店大賞を受賞。「天久鷹央」シリーズ、『螺旋の手術室』『ひとつむぎの手』『仮面病棟』『時限病棟』『ムゲンのi』『優しい死神の飼い方』などの人気著書も多数ある。

※文中、新型コロナウイルス感染症(covid-19)のワクチンを短縮して、新型コロナワクチンと表記しています。

不確かな医療情報は救える命を救えなくしてしまう

「今回の一件ですが、不安を煽る報道をされた出版社の中に、著作を通して面識がある出版社もあったので、今回、抗議という形でお話をさせていただきました。私が抗議をした意図も真摯に受け止めてくださり、迅速に記事撤回などに動いてくださいました。この部分に関してはとても感謝しています。

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Twitterにも書きましたが、今回の私のやり方がいい方法だったとは自分自身でも思っていません。自分の作品を人質にするなど、恥ずべき行為だと思っています。

ですが、コロナ禍という異常事態の中で、不確かで不安を煽る危険な情報が氾濫する予兆は、以前から感じていました。そして、海外でワクチンが始まったとともに、やはり懸念したように報道が次々と発信されました。

今回のような多くの人々に不安だけを募らせる情報は、コロナ禍の中では、多くの命を奪ってしまうことにもつながってしまう。救える命を救えなくなってしまう可能性が大きい。その思いから行動をしたのです

作家として自分の作品や自分の作品を愛する読者はとても大事だが、それと同じぐらい医師として、報道の在り方についてはずっと感じるところがあったと、知念氏は話す。

新型コロナウイルス感染症(covid-19)が現れてから、過剰に不安を煽る情報に私たちは常にさらされている。photo/Getty Images

想像以上にとても厄介で、手ごわいウイルス

現在は作家としてのウエイトも大きいが、週1度は内科医として、臨床現場で診察も行っている知念氏。

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「私は感染症専門医ではありません。そして、新型コロナウイルス感染症の治療の最前線で日々戦っているわけではありません。それでも私の外来にもcovid-19(新型コロナウイルス感染症)の疑いがある方が受診することも多いため、私もマスクやフェイスシールドをして診療をしています。

今さまざまな医療現場でとても切迫した状況が続いています。しかも、この感染症は感染して体にダメージを与えるだけでなく、経済や人とのコミュニケーションといった部分も壊してしまう。残念ながら想像以上に厄介で、手ごわいウイルスだったのです。

人の動きを止めて、一時収まってもすぐに増加に転じてしまう。ここまでは私たち人類は、負け戦続きでした。ところが、極めて効果的で安全性が高いワクチンが登場したのです。今まで、武器も持たずにマスクと手洗いだけで戦っていたところに、日常を取り戻すための最終兵器が登場したのです。私自身、covid-19が確認されて、さまざまな国の製薬会社でワクチン開発が始まったものの、こんなに早く実際に完成されるとは当初思っていませんでした」

今回の感染症は世界規模広がった。新型コロナワクチンもグローバルに展開され、毎日のように世界中からさまざまな論文が上がっている。知念氏もマメにワクチンの事実情報を論文で確認をし、医療従事者のネットワークからもデータに基づいた情報を入手していた。そんな矢先に、過剰に不安を煽るワクチン報道が連続で起こってしまったのだ。

間違った医療情報で命を落とす人もいる

「こういったワクチン報道があることは予想していました。でも、あまりにひどいものが多かった。私は感染症専門医でもワクチンの専門家でもないので、憤りを感じながらも黙っていようと思う部分もありましたが、今回は見ているだけというわけにはいきませんでした。

医療者の多くは、メディアが発した間違った医学情報によって命を落とす人、またその家族の悲しみを嫌というほど見ているのです。反医療、反ワクチンといったネガティブなアプローチは人の関心を呼びます。

ですが、その情報に関わったメディアの人が知らないところで、命を落とす人がたくさんいる。誤った医療情報は命を奪うことにもなりかねない。ちょっと強い言い方をあえてしますが、間接的な殺人行為になってしまうこともあるのです。それぐらいの危機感を持ってほしいと思ったのです」

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1月20日、知念氏は抗議だけでなく、メディアのあり方に関しても知念氏はTwitterで記している。医療情報は特に命に係わることを忘れてはならないと心にとめた。

HPVワクチンの二の舞になってはいけない

知念医師をはじめ、今回、事実と違う新型コロナワクチンのネガティブ情報に医師たちが一斉に反応した背景には、過去の苦い思いがあるからだという。

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それは、子宮頸がんを予防する「HPVワクチン」だ。HPVワクチンは、2010年に定期接種が始まったが、副反応報道が過熱し、2013年から厚生労働省は、定期接種ではあるが積極的な接種の呼びかけを取りやめた。それによって、事実上自治体からの通知もなくなり、ほぼ止まった状態になってしまった。最近やっと、一部自治体で定期接種の告知が再開されている。

この件は、医療者にとってトラウマになっています。副反応報道が出たとき、科学的根拠を示される前に、世論が一気に不安に傾き、そこから復活できませんでした。それによって先進国では唯一、HPVワクチン接種がほぼ行われないという事態が発生してしまいました。

もちろん、副反応の報告があればそのことに関してきちんとケアと調査することは絶対に必要なことですが、あのときは恐怖感だけが先行し、メディアも一斉にそちらの方向に流れて過熱しました。その後、根拠がある副反応調査報告(※3)が上がっても、そのことは報道されず、今もなおHPVワクチンの副反応に対してネガティブなイメージは払しょくできたとは言い切れません。

でも、その間に毎年約1万人もの女性が子宮頸がんに罹患し、この病気で年間2900人が命を落としています(※1)。ワクチンがあれば救える命や、発症率が高い20~30代で子宮全摘という決断をしなくてはいけない女性たちをもっと減らすことができたのです。実際、接種率と検診率が高いオーストラリアでは、2028年にほぼ子宮頸がんの患者がいなくなると推計されています(※2)。日本では発症数が年々増加しているのに、世界では撲滅できる国が出てきているのです。

この苦い経験を繰り返してはいけない、恐怖だけを過剰に煽る報道は避けなくてはいけない。こうお話すると、“副反応を隠そうとしている”と誤解する方がいますが、そうではなく、副反応に関しても包み隠すことなく、科学的なデータを冷静に伝えることが必要です。

また、新型コロナワクチンをするもしないも、最終的には絶対に自己判断に委ねるべきだと思っています。接種を妨害するのも接種を強制するのも避けるべきだと思います。だからこそ、医療者やメディアが今やるべきなは、皆さんが個人の意思でしっかりと接種の是非を判断できるよう、正しい情報を提供することだと思うのです」

他国では女の子だけでなく男の子への接種も進んでいるHPVワクチン。日本だけが取り残されたままだ。photo/Getty Images

※1:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2405852117300708
※2:2019年のがん統計予測/国立がん研究センター情報サービス
※3: Hall MT ら. Lancet Public Health. 2018 Oct 1. doi: 10.1016/S2468-2667(18)30183-X.

今後はコロナよりも不確かなワクチン忌避との戦いに

こういった過去の医療界のトラウマも含め、「同じことを二度と繰り返してはいけない、と言う思いから、声を上げずにはいられなかった」というのが、知念医師の心情だったという。

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私が他の医療従事者と異なる点は、作家として複数のメディア側ともつながりがある。だからこそ、私も行動しようと思ったのです。

あと、何よりも毎日のように上がってくる新型コロナワクチンの論文を読むと、有効性と安全性が驚くほど高い。さきほど残念ながら想像以上にとても厄介で、手ごわいウイルスだと話しましたが、ワクチンが登場したことで、彼らとの戦いは、人類の勝ち戦になることが見えてきましたすでに米国大統領、英国女王、ローマ教皇などの各国首脳も接種を終えています。

ハリス米国副大統領も12月末に第一回を接種し、1月11日にバイデン大統領とともに第二回目の接種も終了している。ともにメディアの前で公開接種をした。photo/Getty Images

ところが、そこに“根拠がないワクチン不安論”という勝利を阻止しようとする、新たなる敵がやってきてしまった。現在のパンデミックは、そういった不確かな情報との戦いという、新たなステージに移行したともいえます。

そして、この新たな戦いの特効薬は、医療者もメディアも正確な情報を配信することです。

情報に触れる側も、不確かな根拠で恐怖感を煽るものには警戒した方がいいと思います。きちんとした医療情報には、ファクトチェックがされていて、きちんとした専門家の監修を取り、論文などの文献も明記されているのが基本です。リスクだけではなく、ベネフィットも両方、冷静に書かれているものかを確認してほしいと思っています」
 

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AUTHOR

  • 伊藤 学

    フリーライター・編集者

    伊藤 学

    フリーライター・編集者。学生時代から、「Hot Dog Press」「ペントハウス」などの男性誌のライターとして仕事を始め、その後、女性誌のライターおよび編集に移行し、さまざまな女性誌の創刊、制作、ライティングなどに携わる。FRaUは、1991年創刊準備号から長年関わっていた。2010年に医療媒体の編集経験後、雑誌、WEB媒体、単行本などを中心に、女性のライフスタイル、医療系分野の取材を続けている。『Harper's Bazaar』のHEALTH・SCIENCE(ハースト婦人画報社)も担当している。

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