自由を学んだ母校に、いま問いたいこと
2020年4月。
「日本のJKになりたい!」と強く願った私は、コロナ禍の中でも希望と夢に溢れ、同志社国際高等学校の入学式にいました。
制服がなく、髪型も服装もメイクも自由。帰国生も多く、いろいろな国や地域で育った生徒たちの背景や個性が、特別なものとしてではなく、ごく自然にそこにある学校でした。
「みんな違って当たり前。みんな違って、みんないい。」
そんな言葉が、綺麗ごとではなく、日々の空気の中にあった学校だったように思います。
同志社国際が大事にしている三つの主義のひとつに「自由主義」があります。私がそこで学んだ「自由」とは、好き勝手になんでもしていいという意味ではありませんでした。
・他者の尊厳を守ること。
・自分の自由が、誰かの自由や安全を侵していないかを考えること。
・自由の中にある責任を、自分自身で引き受けること。
卒業して別の大学に進んだ後も、京都に戻った時には知華と一緒に、大好きな先生方に会いに職員室へよく顔を出しました。それくらい、私は同志社国際が大好きでした。
だからこそ、いま、母校に問いたいことがあります。
事故から4か月。私たちへの説明は、3回だけ
3月16日の事故から、4か月が経ちました。
この間、学校から私たち遺族への説明の場は、
・3月24日・25日の保護者説明会
・4月の保護者説明会
・5月の偲ぶ会の前に行われた1時間の面談
この3回です。
文部科学省が「著しく不適切」と認定した安全管理の問題についても、教育基本法第14条2項に反すると判断された教育内容の問題についても、私たち遺族に対しても、在校生に対しても、保護者に対しても、学校が説明を尽くしたとは言えない状態が続いています。
現行の教育基本法が制定された平成18年以降、国が同条項への違反を示したのは今回が初めてです。決して軽い指摘ではありません。
また命を失った生徒は知華一人ですが、全員が犠牲になってもおかしくなかった重大な事故でした。
それでも、それ以外の場で学校が繰り返すのは、同じ言葉です。
「第三者特別調査委員会が調査中ですので」
「調査中だから」で、止まることへの違和感
第三者委員会による調査が必要であることは、理解しています。事実関係や責任の所在を、利害関係のない立場から明らかにしてもらうことは大切です。私たちも、それを求めてきました。
けれど、調査を受けているこの4か月の間、学校の中では何が起きているのでしょうか。
調査に協力する過程で、資料を整理し、当時の判断をひとつひとつ振り返る中で、学校自身が「これは明らかに間違っていた」と気づいた点が、ひとつもないはずがありません。謝罪すべき点。すぐにでも改善すべき点。報道や私たちの発信と明らかに事実が異なり、訂正すべき点。そういうものが、学校自身にはもう見えているはずです。
それなのに、それらが学校から公の場で語られることはありません。謝罪も、改善も、訂正も、すべてが「調査の後」へ先送りされているように見えます。
考えてみてほしいのです。
始業式で知華への黙祷を捧げることに、調査の結果は必要だったでしょうか。
文部科学省が認定した問題について、在校生や保護者に自らの言葉で説明することに、第三者の報告書は必要でしょうか。
目の前で同級生の命が失われた生徒たちに向き合うことと、調査の完了と、いったい何の関係があるのでしょうか。
事実の認定と、人として向き合うことは、別の問題です。
第三者の指摘なしに、責任を認めないのですか?
自分たちが起こしたことなのに、第三者から報告や指摘を受けない限り、自分で責任を認めることも、変わることもできない。
もしそうなのだとしたら、それは、組織として自浄作用がないことを、自ら示していることにならないでしょうか。
同志社国際高校には今も、700人を超える生徒が通っています。
これから先も、学校では大小さまざまな問題が起こるはずです。
そのたびに、外部から指摘されるまでは振り返らない、謝らない、変えない。そういう学校に、生徒を安心して預けられるでしょうか。
自分で気づき、自分で認め、自分で正す。
それは、学校が生徒たちに教えているはずのことです。
その沈黙は、私たちにはこう見えています
なぜ学校は語らないのか。
自分たちが悪いと思っている点でも、先に認めてしまえば、第三者委員会がそこを問題としなかった場合に、負わなくてもよかった責任まで負うことになるかもしれない。
逆に、自分たちが問題と思っていなかった点を委員会に指摘されれば、「自己認識が甘い」と批判されるかもしれない。
だから、報告書が出るまでは、何も言わないほうが安全だ——。
そういう計算が働いているように、少なくとも私たち遺族には、見えてしまっています。
この4か月、調査中であることを理由に、学校自身による踏み込んだ発言や発信が公にされてこなかったという事実を前にして、そう見えても仕方ないのではと感じます。
そして、もしその通りなのだとしたら、
その沈黙は知華のためのものでも、生徒たちのためのものでもありません。組織を守るための沈黙です。
もし違うのであれば、それを示す方法は、ひとつしかないと思います。
報告書を待たずに、学校自身の言葉で語ることです。
実際に、何も変わっていない
これは想像ではなく、事実として書きます。
沖縄で生徒たちの引率にあたった教員は、今も事故の前と同じように、教壇に立ち続けています。
開会礼拝を金井船長に依頼するきっかけをつくったとされる外部講師の牧師は、今も月に1回、朝の礼拝に招かれていると聞いています。事故につながった経緯そのものが検証されるべき最中に、です。
処分をしろと言いたいのではありません。事実関係が確定するまで、判断を保留すべきことがあるのも分かります。けれど、少なくとも「検証が終わるまでの間、どうするのか」という判断と、その説明はできたはずです。それすらないまま、すべてが事故の前と同じ形で続いています。
指摘されるまで、何も変えない。今のままでいい。
学校の行動は、外からそう受け取られるものになっている。そのことを、学校自身は認識しているのでしょうか。
書き添えておきます。
ここまで「学校」と書いてきた部分は、そのまま「協議会」にも「旅行会社」にも、当てはまります。
調査や捜査を理由に、自らは語らない。指摘されるまで、変わらない。
その姿勢は、知華の命に関わったすべての組織に言えることです。
母校だからこそ
知華は、学校の教育活動の中で命を落としました。その場にいた生徒たちは、大切な友達を失うという、あまりにも大きな出来事を経験しました。
その事実の前で、学校が守るべきものは、組織の体面や教員の立場ではないはずです。まず向き合うべきなのは、失われた知華の命であり、同級生を失った生徒たちの傷です。
遠くない時期に、第三者委員会の報告書は公表されるはずです。報告書が出れば、学校はきっと「真摯に受け止める」と言うのだと思います。
けれど、私が見たいのは、指摘を受けてからの反省ではありません。
指摘される前に、自分の言葉で語られる反省です。
最後に、私が同志社国際で学んだ「自由」を、もう一度書きます。
他者の尊厳を守ること。
知華と、遺族と、同級生を失った生徒たちの尊厳に、向き合うこと。
自分の自由が、誰かの自由や安全を侵していないかを考えること。
教育の自由の名のもとに行ってきたことが、生徒の自由や安全を侵していなかったかを、自ら問い直すこと。
自由の中にある責任を、自分自身で引き受けること。
誰かに指摘される前に、自分の責任を、自分の言葉で引き受けること。
私に「自由」を教えてくれたのは、学校でした。
いま、教わった通りのことを、その学校に求めています。
愛した母校だからこそ、曖昧にしたくありません。
何が間違っていたのかを、自分の言葉で明らかにしてほしい。
そして、知華の命に向き合う説明を公にしてほしいです。
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大切なご家族、妹さんを奪われた哀しさ悔しさと喪失感は"時"が解決するものではなく、納得出来る日が来るものではないと思います。 一方で、謝罪も贖罪もしない学校側の姿勢は教育者として失格。
母校だからこそ、やるせなさをより強く感じるお姉さまのお気持ち、拝察します。 学校という組織の持つ、無責任な体質が浮き彫りにされた感があります。 これは同志社国際に限らず、ほとんどの学校組織に言えることかもしれません。 学校の権限は、校長にあります。 一般の教員は、校長の指示…