旧日本軍の”細菌戦部隊”の存在はスターリンにダダ漏れだった…『日ソ中立条約』が描くソ連の対日情報工作の内幕
ソ連はその成立から日本を「東方の敵」とみなし、第二次世界大戦期には活発な対日情報工作を展開していた。日本国内のみならず、朝鮮半島や中国でも暗躍したソ連の諜報員は、細菌兵器の研究などをしていた通称「731部隊(関東軍防疫給水部)」の存在など、重要な機密情報をつかんでいく。 【画像】旧日本軍の”細菌戦部隊”の存在はスターリンにダダ漏れだった…『日ソ中立条約』が描くソ連の対日情報工作の内幕 ソ連・ロシアの安全保障、インテリジェンスを専門とする気鋭の研究者・河西陽平の新著『日ソ中立条約 スターリンのインテリジェンス』(角川新書)から、日ソ関係を大きく揺るがしたソ連の高度な諜報活動の一部を抜粋でお届けする。
関東軍防疫部の存在は早くにキャッチされていた
かつて、モスクワに駐在していた笠原幸雄陸軍武官が、東京の参謀本部に宛てた長文電報のなかで「赤軍が化学兵器の増強に力を入れており、日本軍の化学兵器の増強が最も切迫した課題である」と記していたことは前に述べた。 また、この電報がソ連側によって傍受、解読され、化学兵器の増強に関する記述にスターリンが下線を引き、関心を示していたことにも既に触れた。 英国の歴史作家であるオーウェン・マシューズは『ゾルゲ伝 スターリンのマスターエージェント』(みすず書房)のなかで、1932年8月にハルビンで参謀本部のロシア課長が対ソ戦のための生物兵器の重要性に関する報告を行っており、その内容がスターリンやトゥハチェフスキーのもとに伝えられたと述べている。 こうした情報はどのような経緯で漏洩したのであろうか。 当時ハルビンで諜報活動を行っていたOGPU(合同国家政治保安部)あるいはGRU(参謀本部情報局)のレジデントゥーラ(諜報活動の拠点)が、日本人協力者から情報を得てモスクワに送ったというのがもっとも考えられそうだ。 それでは、情報提供者とは誰であったのか。気になる人物が一人存在する。当時、ハルビンで特務機関長を務めていた小松原道太郎だ。 マシューズによれば、小松原が同職にあった1932年から34年にかけて、日本、中国、満洲に関する詳細な情報がモスクワに送られており、これらの情報の発信源が小松原その人ではないかというのである。 小松原が対ソ情報協力者ではないかという疑惑は以前から存在していた。
Yohei Kawanishi