2026-07-16

もしも私が、天皇の長女として生まれたら

移動の自由職業選択の自由言論の自由思想の自由国民健康保険自由恋愛

私たちが当たり前のように持つこういった基本的権利を、差別され認められない人間がこの国にいる。

それは皇室に生まれた人々だ。

象徴」という名の不自由

日本国憲法天皇を「日本国象徴」と定める。皇室典範や皇室経済法、宮内庁の慣習によって、皇族居住地自由に選べず、就きたい職業も選べず、政治的発言はおろか、個人的思想の表明すら封じられる。結婚相手にも国家国民承認必要とする。国民皆保険の枠組みにすら組み込まれていない。

これらの人権侵害を行っているのは他でもない「日本国民」である皇族国民投票で選べない。私たちはある一人の人間に、生まれた瞬間から一生分の自由差し出させ、その代わりに「敬愛」や「伝統」という合理を与えている。これは美談ではなく、構造的には人権侵害で間違いない。

もしも私が天皇だったら

もし私が天皇になる宿命の家に生まれ落ちていたら、こんな思いやりのない国民の苦楽などには、正直関心を持たないと思う。自分人生選択肢をことごとく奪った国民たちの幸福など願えるはずがない。

もしも私が天皇陛下の長女だったら

女性差別はよくないから、あなた天皇にすべきだ」と国民から言われたら、心の底からやめてほしいと思うだろう。それは私のための主張ではなく、誰かが自分正義感を満たすためだけの主張だからだ。

私が長女であったとして本当に望む事は、絶対天皇になることではない。

それは、好きな人結婚し、市民としてやりたい仕事をしたり、誰にも詮索されない一人の時間を持ち、自由旅行したり、自分意見を表明することだ。

伝統」は誰のためのものか?

女性天皇女系天皇をめぐる議論は、しばしば「男女平等」という言葉で語られる。そこには重大な欺瞞がある。議論主語が常に「制度」や「国民の総意」であって、「対象者自身が何を望むか」ではないという点だ。誰かを皇位につけるかどうかを、当人意思とは無関係国民国会が決めている。なぜ彼らの人生なのに彼らが意見を表明できない?

そこに平等自由はない。あるのは醜い支配だけだ。

本当に人権尊重するなら、

議論すべきは「どの性の誰を天皇にするか」ではなく、「そもそも一人の人間に、血統だけを理由国家を背負わせてよいのか」という一点のはずだ。

おわりに

皇室典範の改正論議は毎回、制度の存続を前提に進む。だが、私たち享受する基本的人権を、特定の生まれ人間だけは生涯にわたって剥奪されるこの構造——本当に『象徴』に相応しい形なのか?

神でなく人間ならば、彼らには基本的人権が認められるべきだ。

私達はもう彼らの為に命を捧げない。

彼を神だと思わなくなった。

ならば、当然私達には彼らの生を奪う権利はない。

私たちはすぐに人を記号に変える。目の前にいない人間には酷いことを平気で行う性質がある。

でもみんな生きていて、それぞれに感情があるんだ。

何で簡単にわからなくなるんだ?お前らは本当に馬鹿すぎる。

私達の日常に潜むエゴ皇室の人々の犠牲もっと考えるべきだろう。

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