信仰術


 日差しのあまりの眩しさに、シキは目を細める。


 暗い建物の中から明るい外に出た時のように、強制的に瞳が外の光量に適応していくのを感じながら、耳を澄ませる。


(夜じゃない? 森の中を走っている間に、いつの間にか朝になっていたのか。それにしても静かだな)


 燃えるような太陽が鬱陶しいが、戦地のど真ん中じゃないだけマシだろう。移動して早々戦いに巻き込まれるなんて御免被る。


 日差しの強い外という事は、暑さで倒れた人でもいるのだろうか。生死を彷徨うレベルとなれば、正直自分だけでは無理かもしれない。

 

 そんな、甘い気持ちはすぐに吹っ飛んだ。


 数回瞬きをして、外の明るさにやっと慣れたシキの瞳に飛び込んできたのは、男が女を襲っている光景だった。


 瞬時に思考が切り替わる。


「―――っ! そこの方、何をやってるんですか!」


「あ! あ? な、なんだお前、どこから……」


 木に押しつけるように女の首を絞めていた男が、自分の肩越しに振り返る。

 その表情は顔面蒼白で、理解出来ないという驚愕の色が浮かんでいる。そして、右目からはどくどくと新鮮な血が溢れていた。


 シキは驚き、男の足元に落ちている血のついた枝を見て状況を察する。


「取りあえず、その女性から手を離して下さい。あなたのその行為は、どんな理由があれこの国で保護されているものではないでしょう?」


 構うことなく、シキは一歩踏み出す。


「な、なんなんだお前、どこから現れた!?」


「ッ、げ、げほっ、げほっ……! はあっ、はあっ……キャっ」


 無遠慮に近付くシキに、男は女から手を離す。しかし、すぐに思い出したかのように女を人質に取った。


「ち、近付くな! これ以上近付いたら、こいつの首を折るからな!」


 ふーっ、ふーっと鼻息を荒くして、男は鬼気迫る顔でシキを睨みつけてくる。


 シキの中で、この男が被害者だという可能性が低くなる。

 突然女性に枝で目を抉られた訳ではなく、男が女性を襲い、その返り討ちとして攻撃されたのだろう。


(いや、単に俺の素性が分からないから、この女性の仲間だと思われてるのか。しかし、もし自己防衛であったとしても殺そうとするのは間違っている。こいつがどっちであれ、まずこっちに敵意がないことを示した方がいいか)


 シキは男を真っ直ぐに見る。


 幸い目の前の男の意識は全てシキの一挙手一投足に向けられているようで、男は女の髪を乱雑に掴んでいるだけだ。

 なんとか首から手を離すことが出来たと、シキは心の中で安堵する。


「っ、は、はぁ、はぁ、はぁっ……」


 女性を見れば、しっかりと呼吸が出来ている。

 とりあえずは「生死を彷徨う」状況から脱したと見ていいだろう。


 しかし、この男がもし本当に暴漢なのであれば女性がまだ殺される可能性は残っている。


 女性を襲ったのが他者にバレている時点で、重い刑罰は確実なのだ。腹いせに、それならいっそ殺してしまおうと思われたら面倒だ。


 まだ全く安心は出来ないが、人質としているのであればすぐには殺されないはず。


 意を決したシキは、一歩下がって両膝をつく。そして手を挙げて何も持っていないことをアピールする。


「私は神官です。この地に救いを求めている人がいたので助けに来ました。決して、あなたを害する目的で来た訳ではありません。あなたも怪我をされている様子。欠損部位は復元出来ませんが、悪化と痛みを抑える事なら出来ます」


 シキは男の目を見て真摯に話す。


 ―――土着神から授かった恩恵、信仰術を自分以外の人間に使用する場合、相手に自分のことを神官だと信じさせる必要がある。

 

(完全に信じてもらえなくても、「もしかしたら本当に神官かもしれない」と思ってくれたら最低限の効果は出せる。まず、少しずつこの男を―――)


 頭の中で計画を組み立ていたシキに、男は顔を真っ赤にして怒鳴る。


「し、神官だと!? て、てめぇ、嘘を吐くのも……! こんな場所に神官がいる訳ねぇだろ! マジでぶっ殺してやろうか!」


 男が女性の頭を掴む。少し離れた距離にいるシキからでも分かるほど強く握られている。そのままの勢いで強引に首を動かされたらまずい。


 慌ててシキは立ち上がり、手を突き出して止める。


「ま、待て! 待って下さい!」


「くそったれ……っ!」


 激昂する男に向かって走り腕を伸ばす。一瞬、シキはその伸ばした自分の腕の手のひらに、男の目線が集中したのを感じた。


 なぜ、という疑問を飲み込み、時間の猶予がないと感じたシキは一か八かで信仰術を発動させる。


 そして――――。


「あ?」


 空気が漏れたような声と共に、男が崩れ落ちる。


(は、なんで……!? ブラフ? いや、確かに信仰術が発動した形跡がある、けど……?)


 自分の望んだ結果であり、同時に予想外の結果でもあったシキは頭の中で混乱しながらも、男に離されうずくまった女性の元に近寄る。


「あっ、ありっ、ッ、がッ、ゲホッ、ゲホッ……」


「大丈夫ですか!? 話さなくても大丈夫ですから、まず息を整えてください。もし、痛む部分があればいつでもいいので遠慮せず仰って下さい」


 涙ぐみながらコクリと女性が頷くのを確認して、シキは急いで、倒れ込む男の治療をする。


 男に向かってもう一度信仰術を発動させ――――成功する。


(やっぱり、上手くいった。なんで? 信じてもらえたってことか? とりあえず、この目の傷が悪化しないようにしないと)


 うつ伏せに倒れ込んでいた男の身体をゆっくりと抱き起こし、仰向けに寝かせる。そして背負っていた円盾を、男の頭の下に枕のようにして挟み込む。


(あ、そういえば忘れてたけど俺って神官の正装じゃなかった。なら、尚更なんでこいつは俺のことを神官だと信じたんだ?)


 更に深まった疑問に首を傾げつつ、信仰術の効力を強める。


「ほ、ほんとうに、あんた、神官なのか……?」


 横たわる男が、絞り出すように声を発した。


 男の声には確かめるような色はあるが、さっきまでの疑心や敵対心は嘘のように薄れている。

 この心境の変化は、何によるものなのか。


 よく分からないが信じてもらえるならそれでいいかと結論付けて、シキは男に更に信じてもらえるように出来るだけ紳士に微笑む。


「ええ、神官ですよ。どうです? 痛みはまだありますか?」


「い、いや……。まったく、どこも、痛くない。す、すごいな……」


「ふふ、ありがとうございます。―――さて、それで何があったか聞いてもよろしいですか?」


 聞けば、男が口を閉じて罰の悪そうな顔をする。


 踏み込み過ぎたか。


 言いたくないことを無理やり言わせようとしても不信感を持たれるだけだろう。そうすれば、信仰術の通りが悪くなってしまう。


 仕方ないかと思っているシキの後ろから、答えが返って来た。


「そ、その男は! わ、私と一緒の村で、それで、追い出されて、き、急に襲ってきてっ……ひっぐ、に、にげたら、こ、ころされそうになって!」


 嗚咽に塗れながらも、彼女は必死に言葉を紡ぐ。


「ありがとうございます。辛いことを話させてしまって申し訳ないです。私の配慮が足りなかったですね。絶対に、この事は貴女の許可なく他人に言いふらしたりしないので、安心して下さい」


 口を横一直線に閉じて嗚咽を必死に耐える彼女にシキは微笑んで、もう一度男の方を見る。


「あぁ……。ほんと、よくなかったな。……なんか、我慢ができなかったんだ。村を追い出されて、すべてが嫌になって、最後にいい思いをしたいなぁ……って思って。やろうと思ったら逃げたから、追って、刺されて、イラッとして首を絞めた。そしたら、あんたが来た」


 観念したように口を開いて、とうとうと内なる邪悪をたれる。

 この状態の今なら、何を聞いても話してくれるだろう。


「……そうなんですね。一つ、聞きたいのですがなぜ貴方は私のことを神官だと信じてくれたんですか? 私のこの衣服は正装ではありません。それなのになぜ分かったんです? 以前、どこかでお会いしましたか?」


 聞けば、男から思わぬ言葉が返ってくる。


「あんたの手、手が綺麗だったんだ」


「は?」


 思わず素が漏れる。ゾワリとしたものが背中を走る。


(こいつ女性を襲うのに失敗して次は俺に欲情してるのか? 見境なさ過ぎるだろ)


 やべぇ奴がいると心の中で絶句しているシキに、男は補足をする。


「あんたの手は、少なくても俺ら農民の手じゃない。爪に土が混じって、水が染みるくらいヒビ割れて、ボロボロになって。そんな手をしてなかった」


「ああ、なるほど」


 答えを聞いて、シキは安堵する。


 良かった。


(――――しかし、そういう見方もあるのか。知識のあるなしで見てる世界が全く変わるというのは重々理解してるつもりだけど、なんていうか面白いな)


 いつだったか、足音だけでその人物の性格が分かると豪語する奴がいた事をシキは思い出す。


 神様の「恩恵」に依るものでもなく、生まれつきの自身の「才能」に依るものでもなく、完全に努力と生活環境のみで鍛えたと言っていた。


(そういえば、あいつと最後に会ったのいつだっけな。斡旋所で話して以来だし、しばらく会ってなかったよな。どうせなら、ここに来る前に一度挨拶をしておけば良かったかも)


 そんな風に思い出に浸っている内に、男の血が完全に止まっているのを確認する。


「はい、終わりましたよ。これで悪化はしません。止血もしたので、しばらくの間目に触らないで下さいね」


「……助かった。ほんと、わるかったな」


「いいえ。しばらくは全身の感覚を麻痺させているので動けないと思いますが、動けるようになるまではここで安静にして寝ていて下さい」


「あぁ、わかった……」


 男が頷いたのを確認して、シキは立ち上がる。

 

 さて、ひとまずはこれで安心だろう。神官だと信じ込ませたから、仮にまた襲われても一瞬で感覚を麻痺させる事が出来る――――。


「―――あ? なんで……」


 シキの顔が驚愕に彩られる。たった今、治療した男の目からまたタラタラと血が流れてきている。


 ―――意味が分からない。


 欠損した部位は復元出来ない。それでも、完治はさせることが出来る。


(完全に止血をして、出来る処置は全て行った。こんなの、俺の国では見たことがない)


 もしかしたら、神様の出生の地を離れたら効き目が減衰するみたいなものがあるのかもしれない。

 だとすれば面倒だと思い、舌打ちをしたい気持ちを抑えてシキはまた男の隣にしゃがみ込んで信仰術を発動させる―――成功。


(何度か繰り返したら抵抗がついて、信仰術の効き目が悪くなるとかないよな?)


 まさか、と思いつつもあり得ない話ではないとシキは思う。

 シキの神官としての経験は浅い。


 シキが現在、「神主」という神官職の頂点に立てているのは実力から来るものではなく、ただの消去法によるものだ。


 シキ以外に『ミタマ様』には神官がいないのだ。


 かつて、シキには先輩となる神官が何人もいた。その時は必死に先輩方に着いていき、見聞きしたことをシキは覚えていた。


 しかし、もう誰も居ない。村が襲われたのだ。家族と一緒に、全員魔獣に食われてしまった。


 他の神官に聞こうにも、基本的に神官同士というのは仲が悪い。それも、神様の恩恵の役割が被ってしまう場合は最悪だった。


 殺し合う敵、まではいかなくても、商売敵なのは間違いなかった。

 シキの頭に浮かぶのは、あのイケメンとその取り巻き連中。彼らも、シキと似たような医療術を扱う事が出来る。


 救われる方からすれば同じでも、「信者」の獲得に必死になっている神官からすれば、自分と似た信仰術を扱う神官というのは邪魔者でしかなかった。


(神様を降臨させて直接聞こうにも、人前で降臨させるのは絶対に禁忌タブーだしなぁ……)


 どうしたものかと考えている内に、また男の傷が完治する。


 完全に血も止まっている。絶対に、何かをしない限り悪化することなどない。


 信仰術による操作を止めて、少し様子を見る。


 一秒。二秒。三秒。四秒。五秒。六秒。七秒。八―――。


(……十秒足らずで傷が開いた。少し、まずいな。この調子で信仰術を使っていったらすぐに底を尽きてしまう)


 基本的に信仰術というのは、これまでに貯めてきた信仰力を消費することで使用できる。


 人を救い、その人から感謝をしてもらうことで信仰力を集めることができる。シキはそうやって少しずつ信仰力を貯めてきた。

 しかし、人を救うのもタダではない。


 人を救うのに使用する信仰力の量が、人を救ったことで貰える信仰力の量を上回ってしまっては意味がない。


(見捨てる訳にもいかない。さて、どうしたものか……)


 何か、根本となる部分を回復させる事が出来れば血も止まるはず。


 そう思って、シキは手掛かりを得るために、薄っすらと目を開けて呆けている男に症状を聞いてみる。


「感覚を戻したのですが、痛みはありますか? もし痛むようであれば、具体的にどの辺りが痛むか教えて下さい」


「……あ? あぁ……う、ぅ、で……」


「?」


 何を言っているか聞き取れない。というか、反応が薄い。


「どうしました? どこか痛みますか?」


「……」


 問い掛けても、何も答えない。


 どうしたのだろうか。


 そういえば、思い返せばこの男はさっきから喋っていなかった。


(まさか、死にかけているのか?)


 嘘だろうと思いつつもシキは自身が扱える、幾つもある信仰術の中から新たな信仰術を選ぶ。


 『生命知覚』


 『ミタマ様』の恩恵で、下級神官なら誰でも使用できる信仰術だ。


 生物には命が宿っている。


 その生物の命の強さを「生命の灯火」という形で、より正確に言えば命の強さを可視化出来る光として顕現させる。


 下級神官でも使える割に信仰力を多く消費するので、シキとしてはなるべく使用したくなかったが、そんなことを気にしてる場合ではなかった。


 『生命知覚』を選択して直ぐに信仰力がゴリッと削られる感覚を覚える。とんだ赤字だ。


 シキは目減りする信仰力に辟易しつつ、何の抵抗もなく発動したのを確認する。そして、数秒も待たずに効力が現れた。


 男の全身が、眩い光に包まれるようにして煌めいた。


(……? なんだこれ。この男、能力者だったのか。命の灯火を全身に散らばらせている。こんなことをして、何の意味があるんだ? 頭部や心臓部などの致命的な一撃から身を守るため? 神様の「恩恵」ではないだろうし、「才能」の方―――――いや、違う!)


 確か、この光景に近いものを、シキは何度か見たことがあったはずだった。


 深く沈んでいた昔の記憶を引っ張り上げる。


 漁港だ。


 小魚を捕まえ、その小魚を生きたまま食べたりすると、その食べた人物の胃がこんな風に光るのだ。


 男の全身に宿る生命の灯火は、小魚程の大きさの光ではない。


 ただ、数があまりにも異常だ。男の体、特に手足にびっしりと光がうようよと生きている。


「ひっ……」


 シキは、思わず後ずさる。


 全て、魔物。


 寄生虫だ。全て、生きている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る