ここではないどこかの時代、僻地の図書館で司書をつとめる若い三姉妹がいた。利用者は少ないが、三人とも真摯に仕事にむきあい、図書館を存続させようと奮闘する。その背景に、この地がたどった歴史があった……
同人活動をしていた高木信孝を、黒田洋介が原作について2000年に商業デビューさせた漫画を、黒田自身の脚本で2001年にTVアニメ化。
全体のネタバレを知っていたこともあり、DVDを購入したものの初回のみ視聴して放置していた作品を、あらためて全話視聴。ここ最近に視聴したアニメにおけるデモ描写とのコントラストが確認できた。
『【懺・】さよなら絶望先生 番外地』 - 法華狼の日記
良くも悪くも内容で興味深かったのが、上巻最初の、「デモ行進」に冷や水をあびせる「でも行進」。社会に対してさまざまな訴えを起こしながら、同時に「でも」と訴えに消極的な理由をつけていく。
ゲーム運営キャラクターの台詞とはいえ、弱い者が声を上げることで周囲に助けてもらうことを理不尽と主張し、プラカードをかかげて声を上げるようなデモのイメージを挿入したのは閉口した。
もともとはDVD最終巻の監督コメントによると別監督で動いていたらしいが、原作脚本もつとめる黒田洋介の依頼で舛成孝二がひきつぎ、初の30分枠TVアニメの監督をつとめることになった。
監督の人脈のおかげか、2001年のスタジオディーン作品にしては異様に作画が良好。原作者がキャラクターデザイン原案もつとめているが、メイド調の司書制服のフリルをきちんと作画しつつ、全体の線を絶妙に減らして、目鼻立ちのバランスで原作の絵柄らしさを残している。色彩も落ちつきがあり、デジタル彩色の初期作品のわりには目に痛くない。
以下、各話で気になった部分の感想。
第1話、三女の初仕事を応援するための姉の策略は少しやりすぎな感じがあったが、Aパートで図書館らしい、ちょっといい話を見せて、Bパートで図書館の苦い局面に直面させつつ納得感ある結末にしているところが見事。不便な場所にある立地や、図書館は客ではなく利用者という注意や、沈んだ三女を姉が迎えにくる自動車の趣味性など、作品全体の伏線的な描写も散りばめられている。
第2話、図書館は人気のない書籍を廃棄してベストセラーやヤングノベルや漫画を入れて利用者を集めるべきか、そうではない書籍を保存して教養の助けにするか、現実の図書館運営でも見られる葛藤を正面から姉妹の衝突として描いていて社会派作品のおもむきがある。漫画の良さを押し出す次女に、利用者増とは別の背景があるとにおわす描写も語りすぎず、前回で見せた居眠りの多さも伏線として必要充分。ただ後半にあらわれた利用者が三女のもともとの知人という展開は、そのキャラクターが初登場なのに、視聴者も知っていて当然という感じに描かれているのでとまどいをおぼえた。冒頭で電話相手などで一瞬登場させておくか、初登場の時点で短い回想をいれてワンクッションにしたほうが飲みこみやすかったとは思う。
第3話、長女の三女に対する愛情に性愛が混じっている感じが出てきている……それはともかく、これまで名前などは日本的でも無国籍欧風だった世界に、当時の現代的な出版編集部が映ったことで世界観がわからなくなった感があった。
第4話、縦につぶれた感じの原作の絵柄とは異なるが、キャラクター作画がかなり良い。瞳の虹彩の立体感などが良好。作画監督の塩川貴史は現在も『わたなれ』*1の総作監などで活躍中。
第5話、頭身や身長まで大幅に変わる怪盗の変装で世界観がまたリアリティが一挙に低くなった。幼児向け絵本のような世界観と思えば、無能警察などの怪盗物のパロディを押さえていたり、かと思えば怪盗にとっても予想外の出来事が発生したりして、謎めいた本をめぐる争奪エンタメとしての楽しさがあったが。図書館という舞台をいかした主人公の選択もおもしろい。
第6話、人間そっくりのロボットが「コンパロイド」として、幼い三女とともに特別司書として個別の試験を受ける。前回に続いてリアリティレベルが下がったが、未来的な技術のある世界とはっきりして、逆説的に世界観全体の調節はできた感じがある。そのような技術のある、いやもともと長女がパソコンを得意として図書館にも導入している世界で電子書籍が普及していないことは現在からすると整合性がないようでいて、後に明らかにされる物語世界の根底を思えば物理書籍が重視されることに違和感はない。また、細かいことだがコンパロイドではなくコンパノイドと呼ぶべきではないだろうか、とこの回では思っていたのだが……
第10話、図書館の助成金打ち切りをつたえにくる新任の女性市長が、ずっと相手を尊重しているところが良い。優しい世界観にあわせたキャラクターでありつつ、市長個人の無能や悪意で図書館が危機におちいっているわけではないことが実感できる。助成金がなくなって図書館組織から除名されても、私設図書館として継続することは可能ではないかという議論はしてほしかったが。たとえばレファレンスサービスや図書の融通などで組織に入らないと図書館機能を大きく損なうといった説明を足せばいい。完全に偶然だが、登場する着ぐるみがウサギ型であることには、現在に視聴すると「NO WAR BUNNY」*2の雰囲気も感じられた。
第11話、当時も話題を呼んだ傑作回。誰もが文化を楽しめる場所としての図書館が、人々の切実な感情で誕生した歴史を描く。コンパロイドの前身としてドロイドが登場し、コンパニオンとドロイドの合成語としてコンパロイドを解釈できるようになった。現在は諸事情で難しい顔にならざるをえないこでらかつゆきコンテだが、ミリタリー描写を中心としていない作品で、必ずしもリソースが潤沢ではないはずなのに、この回だけ登場するキャラクターやプロップを多く出しながら、きちんと画面に終始緊張感がある。擱座した戦車をじっくり映す特殊OPにはじまり、ほとんど静止画のスライドや待機状態だけで兵器を描写して、見ごたえがあった。ドロイドの存在は正面から死者を描写しづらい作品において人的犠牲を見せる機能があったし、今回のメインキャラクターが過去のゲストキャラクターの親世代という関係のせまさも市レベルが舞台なので不自然ではない。
第12話、基本的に各話で助けたゲストキャラクターに助けを返してもらうパターンの実質最終回だが、もともとが市民の税金を投入することが問題視されていたため、市民が存続をもとめることがそのまま市長を翻意させる展開に同種の解決展開と比べて説得力がある。市民のデモがここまで直球で肯定的に描写される日本のアニメは珍しい*3。
立地*4による利用者の少なさという問題を解決したという説明はないが、結末に本を個別に届ける三女の姿で解決が示唆されている。利用者にいちいち会いに行くという第1話や第6話で描かれてきた三女の、必ずしも作中でも全肯定はされない行動が、図書館のひとつの理想として位置づけられた。三女が行った家で本を受けとる利用者が車椅子姿であるところが、図書館の機能をわかりやすく象徴している。
第13話、前回で本筋が終わった後のオマケ的なエピソード。主人公と親友の出会いが描かれたり、これまで長女だけだった百合アニメの色が濃い。
*1:『わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?)』雑多な感想 - 法華狼の日記
*2:平和を願った少女が廊下に立たされている漫画を揶揄する人々は、風刺漫画とエッセイ漫画の区別がつかないのかな? - 法華狼の日記
*3:開始17分55秒、および18分。
*4:ただ戦禍からの復興でつくられた図書館だからこそ、資料を保存する場所として、あえて僻地につくられたという解釈もできるかもしれない。