機密に迫る、民間分析力 政策判断の根拠、チェック可能に

 (1面から続く)

 米ミドルベリー国際大学院のジェフリー・ルイス博士とデッカー・エブレス氏による2021年の中国の大陸間弾道ミサイル(ICBM)用サイロの発見で、中国が大規模な核増強を図っているという認識が国際的に定着した。中国のICBMを100基と見積もっていた米国防総省は、翌22年の報告書でその見方を修正し「少なくとも300基の新たなICBM用サイロ」があると記した。

 ルイス氏らの発見の意義は、中国の核戦略の転換を明らかにしたことだけではない。民間研究機関が、安全保障上の重大な事実を世に知らしめた点にある。ルイス氏らは米政府の力を借りることなく、民間の商用衛星画像を使った公開情報の分析という「オシント」で、機密情報の解明に成功した。ルイス氏は取材に対し「我々が発見する前から、米政府の情報機関はサイロの存在を認識していただろう」と振り返りつつも、「政府当局者の発言を我々学者がダブルチェックすることは非常に重要だ」と語った。

 衛星画像の分析は、かつては政府の情報機関が独占した手法だった。だが今、多くの商用衛星が打ち上げられて民間にも画像が提供され、情報機関と同等の分析ノウハウをもつ人材が民間でも働くようになった。

 エブレス氏は、政府が独占してきた情報に民間機関がアクセスできるようになったことで、「米政府は、なぜその評価に至ったのかをより明確に説明するよう促されることになった」との見方を示す。民間研究機関のオシント能力が上がれば、それだけ政府は政策判断の根拠とした情報分析を対外的に説明する責任が生じ、インテリジェンスをめぐる「透明性」が向上するという指摘だ。

 ルイス氏はこう語る。「政府の情報機関は過去、学者が持っていない情報を持っていた。だが現在、我々は両者の情報格差がはるかに小さい時代に生きている。学者もインテリジェンス分野で重要な役割を果たすことができるようになった」

 ■中国空母の建設状況、人からも情報

 公開情報を使ったインテリジェンス(情報収集・分析)手法のオシントは、日本の民間研究機関でも取り組みが始まっている。

 21年5月、シンクタンク・笹川平和財団の研究プロジェクト「チャイナ・オブザーバー」は、中国・上海江南造船所をとらえた商用衛星画像をもとに、中国海軍「003型空母」(のちに「福建」と命名)の建造状況について分析した報告書を発表した。

 中国海軍は当時、すでに「遼寧」と「山東」の2隻の空母を就役させていたが、「003型空母」が加われば3隻体制となり、台湾周辺や西太平洋における中国軍のプレゼンスは大幅に高まることになる。「003型空母」の建設状況は国際的に軍事専門家たちの間で注目を集めていた。

 笹川平和財団の報告書で明らかにされたのは、空母建造のため上海江南造船所の大規模改修が短期間で実施されていることだった。例えば、「新・組み立て施設」と呼ばれる箇所について20年の4月と10月の衛星画像を比較すると、4月にはない新たな建物や浮きドックが10月には建設されていることがわかった。

 報告書の執筆者は、池田徳宏・元海上自衛隊地方総監(海将)。上海江南造船所に着目したのは、先行して米国のシンクタンクが衛星画像を分析していたからだった。池田氏らも造船所の衛星画像を入手したため、独自に分析することを決めた。池田氏は護衛艦艦長も務めた「艦船運用のプロ」だが、「造船のプロ」ではない。報告書を書くために、実際に上海江南造船所を訪問した人たちにも話を聞き、画像分析を進めたという。

 衛星画像の中に詰まった情報を正確に分析するために、人間を介して情報を集めるインテリジェンス手法「ヒューミント(HUMINT)」と組み合わせることが必要なケースも多い。池田氏は「衛星画像を見ても、なぜ造船所がこのような形状をしているのか、なぜクレーンを動かす必要があったのかなど、専門的な理由はわからない。造船の専門家たちに見方を聞く必要があった」と分析の苦労を語った。「003型空母」の建設状況は、専門家がさらに別の道の専門家に話を聞く労力をかけて解明された。

 ■軍事・安保の専門家、日本にも組織

 24年9月、日本では数少ない民間インテリジェンス組織「DEEP DIVE(ディープ・ダイブ)」が設立された。創設者の一人、小原凡司・笹川平和財団上席フェロー(元在中国防衛駐在官)は「重要なのは、衛星画像など可視化された『根拠』に基づいて安全保障問題を議論することだ。そうすれば、建設的な議論が活性化すると私たちは考えた」と設立理由を語る。

 「DEEP DIVE」は、中国の軍事戦略に詳しい小原氏と、ロシアや旧ソ連諸国の安全保障問題に詳しい小泉悠・東京大学先端科学技術研究センター准教授の2人が創設した非営利の民間インテリジェンス組織だ。

 小原、小泉両氏はそれぞれ中国、ロシアの軍事動向をウォッチし続けていることで知られるが、衛星画像分析の専門的知見を持つ人物でもある。小原氏は海上幕僚監部情報班長、小泉氏は外務省専門分析員と、両氏とも日本政府内でインテリジェンス活動に携わった経歴がある。

 両氏は十数年前から、日本で衛星画像分析を含むオシント組織を立ち上げる構想を温めていたという。小原氏は「真偽の検証ができない情報と違って、衛星画像は状況が一目瞭然で理解できる。『見方が違う』といった我々への反対意見も大歓迎だ」と述べて、客観的な根拠に基づいた安全保障議論の広がりに期待を寄せた。

 「DEEP DIVE」は、中国、ロシア、北朝鮮の軍事動向を分析し、日本にとって危険な状況が発生した際に早期の警告を出すことを目指して活動している。課題は、商用衛星画像の高額な購入費用だ。現在、複数の衛星画像企業とサブスクリプション契約を結んでいるが、費用は年間数十万ドル(数千万円)にのぼるという。

 しかし小原氏らは、活動に手応えも感じている。今年2~3月に行ったクラウドファンディングでは、約2千万円の資金が集まった。5月には、新しい人工知能(AI)モデルの研究開発を行う企業「Sakana(サカナ) AI」と、AIを活用した情報分析に関するパートナーシップを結ぶなど新たな取り組みにも動いている。今後、活動の幅をさらに広げていく方針だ。(編集委員・園田耕司)

 ■<考論>日本でも活発化、平和への意識変化映す 東京大公共政策大学院(国際政治学)・鈴木一人教授

 衛星画像分析の始まりは、米ソ冷戦期の主に1960年代に、米国が偵察衛星を使って撮影をしていたことにさかのぼる。「コロナ計画」と呼ばれ、当時は偵察衛星が地球周回軌道から写真を撮影し、フィルムを地上に投下して回収される仕組みだった。米国が偵察衛星を盛んに使うようになったのは、高高度を飛行する偵察機U2が撃墜された事件も関係している。衛星であれば撃墜される恐れがないからだ。

 一方、フランスでは80年代に、商用の地球観測衛星「スポット衛星」の運用が始まった。偵察衛星に近い能力をもつ商用衛星が撮影する画像には、防災や農業、都市計画など市民生活のためのニーズがあり、市場が生まれた。その後、フランスの衛星による市場の独占を嫌った米国が、自国の商用衛星を促進する法律などを作り、本格的に商用衛星画像を利用した民間研究機関によるオシントが始まった経緯がある。

 日本のオシントが欧米に比べて出遅れた面がある背景には、衛星画像の分析をする専門家の数が日本では極端に少なかったということがある。また、オシントを行う上で不可欠になる衛星画像は極めて高額なため、日本社会にどれだけニーズがあるのかという問題もあった。日本には欧米にあるようなセキュリティー産業がない。

 しかし、多くの日本人が今後、本格的に安全保障問題に関心をもち、台湾や中国沿岸などのデータを集めて自分たちで分析する必要があると自覚すれば、日本でもオシントのニーズは増えることになるだろう。

 日本が平和だったことは決して悪いことではない。だが日本のオシントの能力が高まらなかったのは平和の代償でもある。武器輸出をせず、外国の行動を意識もせず、それでも日本は平和であり続けると信じられた時代が、続かなくなってきていると感じる。この時期に、日本でも民間のオシント機関が活発化し始めていることは、偶然の一致ではないと思う。(聞き手=編集委員・園田耕司)

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