詩|ひとつ減って、ひとつ余る
Original language: Japanese
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ひとつ減って、ひとつ余る
古いマンション階段の
踊り場が毎晩ひとつ余る
余った場所は、
足音を折り返し戻る住人を、
昨日よりも少し
低い 階層へ届ける
みんな、部屋までが遠くなっているそのことに
気づいているけれど、何も言わない
疲れた身体をソファに横たえると
食卓は遠い山脈
タイマーで米を炊く炊飯器の 湯気が
テーブル山脈の裾野として繋がっているように思う
広い実家では、こんなふうにものを見ていた記憶がない
あの年季の入った柱、煤けた時計、カレンダー、神棚
マンションには、背比べの柱がないので
刻みつけた傷はない
祖母もいた家で、更新され続けた 柱の傷
あれは 背丈以上のものを刻み込んでいた
大人の身体は
いくつもの線を曖昧に越えるようになった
子どもの身体は
木目ぐらい深く残って抜けない
あの頃の、明確な一年
一年という、その字の形の尖りで
鉛筆だって削れそうだ
それにしても
芯は、短く丸くなった
それは鉛筆の、
話ではなくって
ソファに沈んでいると
針のない方位磁石が
低いところを指しているような気分になる
はじめに習ったこととは 違う結果ばかりだった
だから、マンション階段の
踊り場が毎晩ひとつ 余ったとしても
その現象は
理事会で大真面目に話されたりはしない
きょう、見た
信号待ちの人の影はみんな
青になる前から
向こう岸まで伸びていた
時間は、習ったよりも短くて、
成り行き上 進んだ先で
暮らすことを繰り返して
柱に傷は増えず、
そして毎晩、低くなっていく階のことを
大人は口に出して言ったりしない
欄干にもたれる人は
川でも見ているふうに
自分が渡らなかった側の生活を
眺めている
(飛び降りたりしないだろうな)と
横目で見ながら通り過ぎる
毎日帰るたび、ちゃんとわたしに部屋はあるが
古いマンションの階段の踊り場が
毎晩ひとつずつ余っている
今夜も帰宅する足音を
余って増えた階層の 踊り場で折り返し
昨日より低い階へ下って
そうしてまた部屋へ身体を
大人になった 身体を、
預けている
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