「養子皇族でも持続困難の可能性」議論を呼ぶ皇室典範改正案の行方
6月30日、高市早苗内閣は、国会が「立法府の総意」に基づいて提出した皇室典範改正案に関して閣議決定を行った。同改正案の柱は2つ。1:女性皇族が結婚後も皇族としての地位を残すというもの、2:皇族数確保のため養子を可能にするというものだ。皇室のあり方として重要な法案だが、とくに「養子」という部分をめぐって、各方面から疑義が呈されている。国民の象徴たる天皇のあり方に関わるこの改正案をどう考えるべきか。皇室に詳しい研究者、元内閣法制局長官に話を聞いた。(文・写真:ジャーナリスト・森健/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
「養子皇族も持続困難に」所功・京都産業大学名誉教授
現政府が作成した「皇室典範の一部を改正する法律案」の重点は、養子を皇族とすることにあります。ただ、その養子となれるのは旧11宮家の男系男子に限られています。その人々は一般国民として生まれ育ちながら、養子として皇室に入れば、皇族としての品位を身につけ、結婚すれば、男子の誕生を期待される存在です。その上、悠仁親王が結婚されても男子に恵まれなければ、養子の次の男子が皇位を継承して天皇になりうるとされています。 旧11宮家の実態は、すべて室町時代初期(約600年前)にできた伏見宮家の男系男子です。戦後の昭和22年(1947年。約80年前)に皇籍を離れてから、男子相続を維持できているのは4家(久邇、東久邇、賀陽、竹田の各家)しかありません。そこに15歳以上の未婚男子が数名あるといわれていますが、当人に養子となる意思と覚悟があるかどうか不明です。もし本人と関係者が諒解しても、現在の皇室において男子不在の宮家で、そのような人を養子として迎える意向と用意があるかどうかも、事前に確認することは難しいと思われます。
もし今回の法律案が成立しますと、悠仁親王(9月に20歳)が結婚され、男子に恵まれない事態も見越した準備をしていくことになります。それは伏見宮系の養子皇族で形成される傍流グループの皇室がつくられ、その人々が皇室を担っていくということです。 このような新システムによって、いわば「木に竹を接ぐ」ようなことをすれば、長く続いてきた現在の皇室に対する一般国民の自然な敬愛の念は消えてしまいかねないと思われます。 問題の根本原因は、皇位継承資格を男系男子のみに限定しているからです。こんな限定は古代から幕末までありません。しかし、明治時代、欧米に伍して国家の独立を全うするには、国防を強化する必要があり、男性皇族を軍人とし、その頂点に立つ天皇は男性でなければならないと考えた。そこで、明治22(1889)年の皇室典範で皇位継承資格を男系男子に限定したのです。 男系男子限定は戦前の日本に不可欠だったかもしれませんが、戦後はそれにこだわる必要も意味もなくなりました。しかし、昭和22(1947)年施行の新皇室典範は限定規定を引き継いでしまったのです。