「新配列は競技qwertyを超えてないから遅い」
「同時打鍵は競技速度ではボトルネックになるから、
極める意味はない」
「タイピングをいくら速くしても、
思考速度がボトルネックになる
(だからタイピング云々に過剰に凝るのは意味がない)」
これらの議論は、具体速度を欠いているデマだ。
今回ATC換算で色々なことが分かったので、
具体速度を入れてまとめて議論しよう。
ATC: Alternative Typing Contest
1分当たりのランダム文の文字数(変換後)。
https://o24.works/atc/
(スマホも使えるよ)
350~250 競技タイピング(コピー)の速度
188 薙刀式の競技(コピー)速度
170 人間の自由文を思考する速度(推定)※
164 たのんさん(qwerty競技者)の自由文速度
150 僕の薙刀式の自由文の速度
110 僕のフリックの競技(コピー)速度
90 僕の手書き自由文
※https://youtu.be/nTa-sFzolyw
の実験から。ほぼ思考速度で書けたひらがな文が、
漢字変換後1700字/10分ペースである所より。
つまり、
競技タイピングの速度は、そもそも人間の思考速度
(コピーではなく自由文)を遥かに超えていて、
2倍くらい速い。
では競技タイピングの目的はなにか?
もはや目的があって行われてるわけではないが、
「清書」「書き写し」「文字起こし」が、
その原点であるタイプライターの大会から、
連綿と続くものであろう。
コピー打鍵において思考はない。
ただのマシンになることの速度性能を競う。
競技タイピングとは、「考えずに打てる速度」の大会である。
純粋に、指の力の競い合いだ。
そしてそれは、「考える速度」より2倍速い。
「他人の文をコピーすること」は、
「自分で考えた文を書くこと」より2倍速くなれる。
さて、
新配列は、他人の言葉をコピーする目的の配列ではない。
限られた清書オペレーターしかタイピングしなかった、
前時代と異なり、
「全員が、自分の言葉をキーボードで書く」
時代に生まれたものである。
だから新配列の目的は、「自分の考えたことを、自分で書く」
ためのものだ。
だから、新配列のゴールは思考速度である。
その2倍で打つことはできない。
ボトルネックは思考速度、ATC 170である。
(競技タイピング用につくられた新配列はなくもない。
いろは坂配列は、タイプウェルZIを達成している)
さて、数字込みで反論しよう。
「新配列は競技qwertyを超えてないから遅い」
新配列170と、競技qwerty350を比較してもしょうがない。
思考速度170と、他人の言葉350を比較するべきだ。
qwertyが他人の言葉を350で書けたとしても、
たのんさんが自分の言葉を書いたら164なのだ。
(たのんさんは日本のトップqwertyタイパー群の一人)
一方新配列の薙刀式は150。
実用レベルではぽっと出の新配列が、
日本トップレベル競技者に並んでいる。
これが意味することは、
「競技者(2000人/1億)レベルにならないと、
qwertyでは思考速度で書けない。
一方新配列では、容易に思考速度なみに書ける」である。
これに反論したかったら、
「競技者でないふつうの人が、
qwertyで自分の言葉を書いている様」を動画化してほしい。
サンプルを僕が提示したいが、
そのへんに「俺ちょっとqwerty速いぜ」がいないので、
調査できない。10分程度の手元付きで議論したい。
ATC換算150、つまり1500字(変換後)/10分ペースで書けているなら、
この主張を取り下げて新たな議論へ発展したい。
「同時打鍵は競技速度ではボトルネックになるから、
極める意味はない」
競技レベル、ATC 350では同時打鍵はミスの可能性が高まり、
そこだけ速度を落とす必要が出てくる。
しかしその半分の速度、思考速度ATC 170では、
そこがボトルネックになるほどではない。
つまり、実用上問題ないので、
同時打鍵に対する批判は、風評被害である。
「同時打鍵は、思考速度ATC 170近辺ではボトルネックにならない」
と主張したい。
「競技速度ATC 350ではボトルネックになるが、
その速度で使う目的ではない」
のも付記しておく。
「タイピングをいくら速くしても、
思考速度がボトルネックになる
(だからタイピング云々に過剰に凝るのは意味がない)」
ATC 170より遅い人は、
言い訳をするなと厳しく取っていこう。
「思考速度でタイピングできること」は、
すべての人間にとっての目標であり、
それを容易に、楽に実現できる方法の模索をするべきだ。
高級キーボードに変えてそれを実現しても良い。
新配列に変えても良い。
qwertyとJISカナは、そこに至るルートが極めて困難な、
劣悪な方式である。
競技者の一億人に対する割合の少なさがそれを示している。
全員がATC 170になるなら、
その方法は問わない、と考えるのが新配列の世界である。
もっと楽してそこへ至ろうや。
競技者はこの類の反論はしない。
彼らは他人の言葉をコピーしているだけで、
自分の言葉を書くことと向き合っているわけではないからだ。
ATC 170に届かない人が、
タイピングを努力しない言い訳に、
この議論を使われることが多いのだ。
「思考速度ATC 170に到達するまで、
タイピングの努力は意味がある」
と僕は思う。
そしてそれは、ATC 140くらいに基準を緩めても、
今の所qwerty+JISカナの競技者数千人程度、
新配列数十人程度しか、達成していない。
母集団は、1億:数千くらいと、4ケタ差がある。
結果は2ケタ差に縮まっているので、
新配列は標準配列より100倍のオーダーで効率が良い。
モティベーション効果を考えても、
新配列は10倍程度効率が良いと見積もれる。
qwertyの競技者になる努力と、
新配列をマスターして実用する努力は、
月とスッポンくらい違う。
100倍じゃ済まないくらいに努力しなければならない。
というわけで、実用の範囲では、
新配列のほうがコスパ、タイパが2桁良い。
どの範囲で議論するか?
議論の前提は何か?
議論することは、前提を明らかにすることだ。
巷の風評は、議論の前提がバラバラだ。
「競技速度は思考速度の2倍」
という前提が、今回加わった前提である。
「自分の思考を表す速度帯ならば、
新配列が10倍コスパが良い」
と結論づけよう。
体感100倍だけど、控えめに一桁下げておこう。
僕は競技速度に興味がないし、
競技速度帯での新配列の限界にも興味がない。
薙刀式や新下駄や大西配列が競技でビリでも、
「そりゃそうやろ」でしかない。
薙刀式や新下駄や大西配列がトップを取るべきは、
「オリジナルのいい文章をたくさん書く」領域だ。
>日本トップレベル競技者に並んでいる。
>これが意味することは、
>「競技者(2000人/1億)レベルにならないと、
>qwertyでは思考速度で書けない。
>一方新配列では、容易に思考速度なみに書ける」である。
これに違和感を感じました。お気持ちを少し書かせてください。
思考速度が170という仮説にもあるように、打鍵速度があるラインを超えれば、思考速度そのままの値に収束するはずです。
たのんさんなら、指が思考速度を上回っているでしょう。
競技者レベルにならないと思考速度で書けないと言い切るのは、普通の人のqwertyを見るまでもなく誤りであり、
思考速度以上に指が動く人間=163
という結果から、思考速度が170という仮説の、肉付けにした方が正しいと思うのですが、どうでしょうか。
だから、競技者と新配列の差が縮まるのは至極当然と言えるでしょう。
具体的なqwertyのATC170の打鍵速度は、313の打鍵速度から計算すると、
12.3/313*170 = 6.68
俺qwertyちょっと早いぜのラインでしょうか。
やはり、ぜひここら辺の打鍵速度の人に話を聞きたいですね。😊
この研究はこの日始まったばかりで、
「なんもわからん」というのが本当のところ。
これまでわかってることと、
仮説と、これからわかるべきことを、
まとめた感じです。
ということでqwertyの速い人は、
さっさと自分の考えを表す自由文を10分間打って、
考察のための材料を増やすんだ!
仮説: どんなにATCスコアが高くても、
自由文(1分換算)は170近辺に落ちる。
そもそもそれに届かない人はそこどまり。