『人間関係』という私のブラックボックス
人間関係について向き合っていた一年だった。
今、隣りにいる人。
それは物理的に同じ空間にいて、音が届く範囲にいる人もそうだけど、心の中の隣人もいる。
私の意識の矢印が、直接向くことのある人。
私が知っている人。私が関わったことのある人。
言葉を交わしたことがある人。思い出がある人。
「私とあなた」
長いお付き合いもあれば、ひと時の場合もある1体1の間では、自分のことよりも相手のことの方が見えるものがある。感じるものがある。
気にも留めない人にとっては、大した問題ではない。
でも私は、自分でも気づかないほど、目の前にいる人のことを観察していたようで、その度に小さく何かを思い続けていた。
その一つ一つは、いちいち気にしている方が生きづらいような些細なこと。
そんな些細なことで、相手のことを嫌いになったりはしない。
だから、目をつぶり、目を逸らし、言わずに飲み込むことは、ゴミ箱に塵紙を捨てる行為と似ているものがあった。
でも、私の心の奥はゴミ箱ではない。
目を逸らしたこと、飲み込んだ言葉が、勝手に焼却処理されて、綺麗になるようなことはない。
私の心の奥にあったのは、『人間関係』のラベルがついた、ブラックボックス。
人間関係に関するモヤっとしたことは、自動的に全部ここ行き。
塵も積もれば山になるように、もう何にも入らないほど溜まっていた。いつの間にか私は、人間関係に対してうんざりするほど、嫌気がさしていた。
いっぱいいっぱいである。
そんな自分に気づき、このブラックボックスを開けて、掃除することを始めたのが一年前。
と言っても、それが明確な日にちではないのだけど、私自身がはっきりと意識して始めたのがちょうど一年ほど前のこと。
その頃にはもう、
目まぐるしく変わる人の気持ち、言動、表と裏、「あの時」「この時」…。
それらを追いかけて、理解しようとして、向き合うことにも疲れてしまっていた。
「意識が外を向いていた」
そう言ったらそれまでなんだけど、そうとも言えない複雑さが人間関係にはあると思う。
…とかいって、複雑にしすぎている私自身が気づいて、変わる必要がある時なのだと思った。
私には、「思うことがあったとしても、余程のことでない限り面と向かって相手に言う必要はない」と思う価値観があった。
今思うと、それは母親の影響があるのかもしれない。
母は、「あんた太ってるよ」とか、「それ似合ってないよ」とか、平気で言う人だ。
私が10代で円形脱毛症になった時、知らずに髪の毛を結んでいた私の頭皮を見て、「あんた禿げてるの丸見えだよ」と外出先の道のど真ん中で言った。
母の価値観は、「誰かが言ってあげないと気づかないでしょ」という善意だった。
母のデリカシーの無さのおかげで、私の内側では思いやりが育まれていく一方で、とてもデリケートになっていたように思う。
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