某量販店の排泄物騒動。
どこに行っても清潔で、インフラが完璧に整った日本にいるからこそ、笑い話になるのかもしれない。
かつて北朝鮮の羅津(ラジン)で、海産加工を始めた私が最初に取り組んだのは、従業員に野糞をさせないようにして、手を洗わせることだった。
現地の衛生環境は想像を絶するものだった。共同便所は年に数回しか便所隊が出動しない汲み取り式で、技術指導で来ていた親戚の三郎は、一目見ただけで、嫌気がさすほどだった。拭く紙は不足しており、トウモロコシの皮を使うのが日常だった。
海産加工において集団感染は命取りになる。私は現地の責任者と共に厳格な手洗い指導を始め、必需品の医療石鹸を確保した。さらに衛生遵守の「宣誓書」を作成して休憩室に貼り出した。破ったものは即解雇。文字通り命がけの徹底から始めたのだ。
努力の甲斐あって手洗いは習慣化したが、長年染みついた野糞の習慣だけは容易に直らなかった。工場の敷地裏の木陰や草むらはいつも危うく、私自身、原っぱを歩いていてしばしば彼らの残した「大」を踏んだ。
人間の長年の習慣を変えるのは、根気のいる作業だった。
あの頃は「日本を見習え」と、時に怒鳴りながら、彼らに教えたものだった。
まさか、令和の日本で、当時の羅津の原っぱのように、足元を警戒することになるとは。