話を奪わない人に知性を感じるのは気のせいではありません
チャールズ・ダーバーという社会学者は、日常会話を大量に記録する中で、人は頻繁に相手の話題を自分の話題にすり替えているという傾向を見つけました
「最近腰が痛くて」に「分かる、私も先月〜」と同じ言葉から別の話題で返すようなコミュニケーションです
この現象の正体は、この「私も」の積み重ねによって会話の主導権をお互いに奪い合っているだけで、本質的な意思疎通、つまり双方向の会話は行われていない状態なのです
ダーバーはこの現象を『会話のナルシシズム』と名付けました
(※ただ、私自身はこの現象が悪いこととは全く思いません)
だから、これが自然に行われている中で、最後まで話を聞ける人は際立って魅力的に映ります
相手の言葉を自分の話の呼び水にせず、まず相手の中で何が起きているのかを理解しようとする
自分の連想を一度抱えたまま相手の続きを待つのは、簡単に見えて、知的な態度から産まれる余裕を要するんですね
そして聞いてもらえた側には、会話の内容以上に自分の話が最後まで自分のものでいられた、という体験が残る
話がうまい人は尊敬を集めますが、相手を思いやってしっかり耳を傾けられる人は信頼を集めるのだと思います
話を奪わない人に知性を感じるのって、自分が喋る量を減らして、相手の言葉を大切にできるからなんだよな。