ロボット開発で最近いちばん刺さっている違和感は、「動いた」とか「できた」という言葉が、人によって全く別の意味を持つことだ。
研究開発の段階で“とりあえず一回動かす”ことには大きな価値がある。机の上でも、条件をかなり絞っていても、横で見守っていてもいい。ロボットなんて、まずその一回目まで連れていくだけで十分に面倒だ。仮説を実機で殴って、何かが返ってきたなら、それはちゃんと前進している。
ただ問題は、その「動いた」が、いつの間にか「じゃあ客先で使えるよね」「あとは量産するだけだよね」みたいな顔をし始める瞬間だ。ここから空気が急にホラーになる。
研究開発段階の機体は、基本的にはそのための機体でしかない。そこで本当に作っているのは製品そのものではなく、「何が効くのか」「どこで壊れるのか」「どの条件なら成立するのか」「何を外すと一瞬で破綻するのか」を見つけるための、やたら高価で、やたら正直な実験装置みたいなものだ。だから客先で長く動く機体や量産機にしようとすれば、メカも電装もソフトも構成も運用も、かなりの部分は普通に作り直しになる。
いいニュースは、その試作は無駄じゃないということ。悪いニュースは、「でも、もう動いてるんでしょ?」という一言で、その全部がなかったことにされがちなことだ。困ったね。
実際に次へ繋がっているのは、機体そのものというより、コア技術とノウハウのほうだと思っている。何十回も失敗してようやく見えてきた成立条件。現場でしか出てこない意地の悪い壊れ方。耐久性を支配している要因。対象物や環境のばらつきに対する勘所。
だから研究開発で本当に重要なのは、見た目の完成度ではなく、後で機体が作り直されても残る“芯”をどれだけ磨けているかだ。逆に言えば、その芯がないまま「動いた」と言っているなら、それは製品に近づいたというより、デモが一つ増えただけかもしれない。
以前、自分が研究開発したロボットが最終的に医療機器認証を通り、量産されて日本中の施設で使われている。自分の役割は研究開発だったから、ひたすら何十回も試作して、毎週客先で実地検証を繰り返して、成立条件と壊れ方を見つけて、改善点を泥臭く探ることだった。
そのうえで思うのは、この二つは確かに繋がっている。でも、同じ仕事の延長として雑に扱えるものではない。研究開発は、まだ分からないものの中に入っていって、成立する形を探す仕事だ。量産設計は、それを誰が作っても、何台作っても、検査できて、保守できて、品質として管理できる形に落とし込む仕事だ。曖昧さの中で仮説を立てて現場でぶつける力と、曖昧さを潰して再現性に変えていく力は、どちらも必要だけれど、同じ筋肉ではない。たぶん向いている技術者の性格も違う。
ここを「エンジニアでしょ?」の一言でまとめるのは、まあ、アクセル全開で崖に突っ込むようなものだ。何もわかっていない。
なのにロボットベンチャーでは、このへんがしばしば混ざる。PoCで一回動いた。動画が撮れた。展示会で見せられた。顧客が興味を持った。そこまでは間違いなく価値がある。
誰もそこを否定していない。ただ、その瞬間に「これはもう客先で使える」「あとは量産だけ」みたいな空気になると、現場目線ではかなり怖い。研究開発機はそのまま製品にはならない。ほぼ別物を作り直すことになる。
それでも、作り直した先に残るものがあるから研究開発には意味がある。その残るものこそが、コア技術であり、ノウハウであり、現場で削られないと見えてこない勘所なのだと思う。
では、「動いた」とは何なのか。この定義が浅いまま成功体験だけ積み上がっていくと、会社はかなり危うい方向に走る気がしている。量産まで辿り着く素質がないのに、それっぽく動くものを見せて騙すのは詐欺ではないか。
浅い「動いた」は分かりやすい。動画になる。説明しやすい。資金調達や営業の物語にも乗せやすい。外から見れば、いかにも前に進んでいるように見える。最高だ。少なくともそれっぽさという意味ではね。
でも、本当に製品に近づいているかは、また別の話だ。PoCを何回かやって話を聞かなくなる会社と、誠実に量産まで行く会社を分けるものは、技術力や人数だけではなく、「動いた」や「できた」という言葉をどの深さで使っているかにかなり表れるのではないかと思っている。
研究開発機と量産機の間には、見た目以上に深い谷がある。その距離を理解したうえでコア技術を磨いている会社と、試作機がそのまま製品へ地続きだと信じている会社では、同じように開発しているように見えて、たぶん向かっている場所がまったく違う。この認識がズレたまま走っている組織は、途中から立て直せるのだろうか。
こういう話をしてもわからないみたいなんだよね。もう疲れた。