「強迫症」当事者が打ち明けた苦しみ その原因と治療法は? 専門の精神科教授にインタビュー

2026年7月12日 10:02
強い不安に襲われ、打ち消そうと同じ行動を繰り返してしまう…。 「強迫症」(強迫性障害)は、決して珍しい病気ではありません。 2人の当事者が、その苦しさを打ち明けてくれました。 そして九州大学精神科の中尾智博教授に、強迫症とは何なのか、どう治療するのかについて聞きました。

強迫症に苦しんだ経験を語る名古屋市の男性

 名古屋市に住む27歳の男性は、かつてオリンピックを目指していた元スイマーです。

 高校卒業後、県外の水泳の強豪大学に進学。

 水泳部の寮を出て一人暮らしを始めたばかりの頃、異変が起きました。
 

丁寧に書き込まれた、高校時代の日本史のノート

27歳元アスリートが語る強迫症
「授業でリポートを書く時、ペンを持つ手が震えて、名前も書けなくなったんです」

 「体調が悪い」と退出して保健室に行ったところ、「メンタルの問題ではないか」と受診を勧められました。

 小学生の頃から、授業の板書をきっちりとノートに写す子でした。

「内容を覚えるより、板書を完璧に写すのが命というくらい。でも大学の授業はスライドがどんどん出てきて追いつかない。走り書きしたようなノートが汚く思えて、何度も消して書き直していたんです」
 
やがて引きこもりのように
 できないことは、だんだん増えていきました。

 夜の浴室。

「髪を洗う時、シャンプーをつけた髪への指の通り方がすごく気になるんです。髪の毛すべてにまんべんなくシャンプーが行き渡っていないんじゃないかって」

 髪をずっと洗い続けて、浴室を出た時には、カーテンのすき間から朝日が差し込んでいたこともあったといいます。

 そして、布団から起きる時。

「背中がすごく敏感になって、背骨の一つ一つが順番に曲がるように起きないと気持ちが悪いんです。寝ては起きてを繰り返して、最後は疲れきって起き上がれなくなりました」

 日に日に布団から出ることが困難になり、カーテンも開けられず、気づけば引きこもりのようになっていたといいます。

 医師からは、強迫症に加え、自閉スペクトラム症と診断されました。
 

パーソナルトレーナーの学習ノート。書き損じがあまり気にならなくなったという

回復のきっかけは
 家族に勧められていったん名古屋の実家に戻りましたが、苦しみは続きました。

「書けるようになる練習から始めました。書き直しができないようにボールペンを使ったのですが、修正テープを使って書き直してしまって。修正テープを塗り重ねてガタガタになったノートを残すのが嫌で、破って捨てました。『何も変わってないじゃん』と、自分に嫌気が差しました」

 ちょうどこの時期にコロナ禍に見舞われ、大学の授業はすべてリモートに。
 授業でノートを取る必要がなくなり、なんとか卒業することができましたが、就職活動どころではなかったといいます。

 回復に向かうきっかけは、意外なことでした。

 母校の高校で水泳を続けていたところ、ラグビー部や陸上部から、選手のトレーニングの指導を頼まれました。

 専門外の競技だったこともあり、ちゃんと教えられるようにパーソナルトレーナーの資格を取ろうと決意しました。

「ノートが乱雑でもいい、合格という目標をクリアすればいいんだと考えるようになりました」

 2025年7月に無事合格できました。
 

強迫症に苦しんでいた時期につけていた日記。一部のページが破り捨てられている

うまく折り合いをつける毎日に
 発症から7年がたった今も、完治したわけではありません。

 心療内科に月1回通って薬を処方してもらっているほか、2~3カ月おきに公認心理師のカウンセリングを受け、病気とうまく折り合いをつけながら生活しているといいます。

「家族からは『リモコンやコップの向きとか、テーブルの上にあるものの配置をいつも気にしているね』と言われます。でも自覚はなくて、ストレスを感じてやっているわけではありません。強迫症の“名残り”みたいなものですかね」

 いま、スポーツ指導のほか、スポーツ用品の販売の仕事もしています。

「接客業はお客さんのペースに合わせなければならないし、レジやバックヤードの業務はスピードも求められる。あえてそういう仕事を選びました。職場にも強迫症のことを伝え、調子が悪い時には休ませてもらっています。周囲の理解もあって、いまは自分のペースで過ごせています」
 
汚れ・洗い残しに苦しむ30代の母親
 三重県に住む30代の女性は、いま子育ての最中です。

 汚れや洗い残しの不快感に苦しみ、入浴の時間が1時間を超えることもあったといいます。
 
 第一子を授かった2022年ごろから、新型コロナやインフルエンザなどの感染症に特に敏感になりました。

 そんな中、仕事に出ている夫がコロナやインフルに感染することが重なりました。

「家に帰ったらちゃんと手を洗ってほしい」
「洗い物はしっかりゆすいでほしい」
「外から帰ったら着替えてほしい」

 夫に繰り返し伝えました。

 夫は「わかったわかった」と言うものの、なかなか伝わらず、ストレスがたまったといいます。

「今振り返れば、生まれたばかりの子を感染症から守りたいという気持ちがありました。夫との考え方の温度差が大きくて、それらのストレスが強迫症の悪化につながったと思います」

 外出先では、「忘れ物はないかな?」と何度も確認することがありました。
 何度か確認した後も、心配になることがあったといいます。

 現在、強迫症を専門とするカウンセラーとともに、治療に取り組んでいます。

「強迫の症状を、自分の力だけで治すことは難しいと感じました。あまり知られていない病気かも知れませんが、理解してもらえる人が増えることで、少し生活しやすくなるのかも知れません」
 

強迫症に詳しい九州大学精神科の中尾智博教授(Zoomから)

専門の医師に聞く 「強迫症」とは?
 強迫症とは何なのか、そしてどう治療するのでしょうか。
 九州大学精神科の中尾智博教授に聞きました。

――強迫症とはどんな病気なのでしょうか。

 私たちが生活している中では、いろいろな心配事が出てきます。
「病気になるんじゃないか」「玄関の鍵を閉め忘れて泥棒に入られるのでは」「モバイルバッテリーから出火して火事になるんじゃないか」など…。

 誰でもそんな心配をすることがありますが、それがすごく膨らみ、繰り返し心配してしまう。そういうことを「強迫観念」と呼んでいます。
 「大丈夫だろう」と思っても、「もしかしたら」という思いが拭えず、ずっとそのことを考えてしまうのです。

 そこで、ひたすら手洗いや除菌をしたり、家を出る時に鍵を何度も閉め直したりします。
 それで収まればいいのですが、逆にやればやるほど「もしかしたら」という心配を強めてしまうのです。これを「強迫行為」といいます。

 強迫症というのは、この「強迫観念」と「強迫行為」が行き来してどんどん強まり、日常生活に影響が出る病気です。

 例えば、外出しようとする時に鍵やガス栓、スイッチの点検に2時間ぐらいかかってしまいます。
 そうなると職場や学校に行けなくなり、家事や勉強も手につかなくなります。

―――「潔癖」「神経質」「完璧主義」などとは違うのでしょうか。

 そう言われる人がいますが、それだけなら病気ではありません。日常生活に影響が出る場合に、強迫症と診断されます。
 

強迫症は環境やストレスなど様々な要因で発症すると話す中尾教授(Zoomから)

50人に1人が経験…発症の要因は
―――患者はどれぐらいいるのでしょう。

 一生のうちに一度はかかる人の割合(生涯有病率)は2%台といわれています。
 およそ50人に1人です。
 統合失調症が100人に1人といわれているので、決して少なくありません。

――日本人は「几帳面」というイメージがありますが、日本人に多いのでしょうか。

 日本人だから多いということはありません。
 かつて、強迫症は性格や几帳面さが引き起こすと思われていましたが、必ずしもそうではないということがわかってきました。
 潔癖さなどとは違うメカニズムなのです。

――「不安症」とか「パニック障害」という病気も聞きますが、関係はあるのでしょうか。

 精神科が扱う病気を大きく分類すると、代表的なものに統合失調症などの「精神病」があります。
 それとは別に「気分障害」があります。うつ病や双極性障害(躁うつ病)などで、比較的長い時間に気分のアップダウンがあるものです。

 もう一つの大きな分類が「不安症(不安障害)」です。
 「情動」といって、ある出来事によって急に激しい不安や恐怖を感じることが特徴です。
 息苦しくなるような「パニック障害」や、人と対面する時にひどく緊張する「社会不安症(対人恐怖症)」などです。

 強迫症もかつては「不安症」の一つとされていました。

 しかし、2013年に米国の精神医学会が改訂した精神疾患の診断基準で、「強迫関連症」という新たな分類になりました。
 この20~30年で研究が進み、強迫観念や強迫行為は、単純に不安が原因なのではないということがわかってきたのです。

――では、何が原因なのでしょう。

 強迫症は、環境やストレスなど様々な要因が重なって発症します。

 遺伝は一つの要因で、家族に強迫症の患者がいると発症リスクが上がるといわれています。もちろん、必ず発症するわけではありません。

「神経発達症(発達障害)」もリスク要因とされています。特に自閉スペクトラム症は、こだわりが強く、コミュニケーションが苦手という特徴があり、社会で強いストレスを感じやすいことから、強迫症を併発することが少なくありません。

 また、養育環境も要因の一つに指摘されています。
 これに加え、進学や就職、妊娠・出産といったライフイベントに伴う心理的ストレスが引き金になるといわれています。
 
治療は「薬」「認知行動療法」
―――どう治療するのでしょうか。

 薬と認知行動療法の二つの方法があります。
 薬では、抗うつ薬の「SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)」が有効だと認められています。

 ただ、強迫症については、薬よりも認知行動療法の方が効果が大きいと言われています。
 強迫観念はSSRIだけではおさまりにくく、認知行動療法で「考え方の癖」や「行動パターン」を変えていくことが必要だからです。

――認知行動療法に、健康保険は使えるのでしょうか。

 使えます。
 これまで国内では、医師がおこなう認知行動療法にしか保険が適用されませんでした。
 認知行動療法は時間がかかるので、医師だけではとても手が回りません。
 そこで精神科の学会が厚労省に働きかけるなどして、2026年6月から公認心理師による認知行動療法にも保険が適用されるようになりました。
 医師による薬の処方と、公認心理師のカウンセリングを組み合わせて治療できるようになり、大きな前進です。
 ただし、保険適用される公認心理師の認知行動療法には条件がありますので、受診先の医療機関に確認してください。

――強迫症は、家族にも影響があると聞きます。

 例えば、汚染の恐怖にとられている患者は、自宅に汚れを持ち込まれることを極度に嫌がります。
 このため、同居する家族が帰宅した時に玄関で服を脱ぎ、入浴してからでないとリビングに入らせないようなことがあります。
 こうしたことを「巻き込み」と言っていますが、そうなると家族との関係が非常に悪くなってしまいます。

 そして、強迫症は心配の延長線上にあるので、どこからが病気なのかがわかりにくい。
 このため診療を受けたがらない傾向もあり、発症から受診まで2~3年かかることもあります。
 日常生活に支障が出ているような場合は、早めに心療内科などに相談してください。

(メ~テレ 山吉健太郎)
 

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