佐藤二朗と橋本愛のトラブルが話題だが、私は橋本愛という女優に興味がない。
彼女の出演ドラマを観たことはあるけど、あまりにも演技が下手すぎて苛立ってしまい、途中で断念してしまった。
が、しかし。
今回の問題は橋本愛が大根かどうかとは無関係だ。
したがって、いくら私が橋本愛を嫌いでも、彼女の立場に身を置いて公平に考えなくてはならない。
彼女は過去に男性俳優から深刻なセクハラを受け、それがトラウマとなって、共演の男性俳優からの身体的接触に極度にナーバスになっているらしい。
で、今回、彼女の夫役で共演している佐藤二朗から、アドリブで顎を触られ、それによる強い精神的ショックのせいでトラブルになったという。
ネットでは彼女に対する批判も多く、その中には「他のイケメン俳優とはラブシーンやってたじゃないか。イケメンならいいのかよ」といった糾弾もあった。
でもね、この指摘には、私は橋本愛の立場から反論したい。
私が思うに、今回のトラブルは、その身体的接触が佐藤二朗の「アドリブ」だったという点が重要なんじゃないの?
あらかじめ台本に記載されていた身体的接触なら、橋本愛だって一応は女優だ、心の準備をして撮影に臨むことができたろう。
だが、アドリブは違う。
いきなりだから、備えることができないのだ。
私も男性からの身体的接触が苦手で、かなり構えてしまうタチだから、よくわかる。
あらかじめ予想できてたら何とか対処できるけど、不意打ちされるとパニクるんだよ。
だから橋本愛の反応は大袈裟でも何でもなく、単に「アドリブに対処できない不器用さ」の問題だと思う。
そして、この不器用さは、本人にはどうしようもないんだ。
深く心身に刻み込まれているからね。
一方、佐藤二朗はアドリブの天才だ。
私は昔、前田健原作・監督の「それでも花は咲いていく」という映画を観て、深く感銘を受けた。
特に心を打たれたのは、佐藤二朗演じる刑事が家宅不法侵入の犯人に対し、「絶望するな!」と叫ぶシーンであった。
コミュ障で不器用で生きづらい犯人に投げかけた、あのひと言。
あれはもう歴史に残る名台詞だと感じ入り、監督のマエケンさん本人にお会いした時にその旨を伝えたところ、彼は苦笑して「いや、あれは佐藤二朗さんのアドリブなんですよー」と答えた。
めっちゃ驚きましたよ。
アドリブであの名台詞か!
すごい!佐藤二朗すご過ぎる!
以来、私は佐藤二朗を猛烈にリスペクトしている。
なので、今回のトラブルで佐藤二朗が激怒した気持ちも、私にはわかる気がするのだ。
彼の真髄は、なんたってあの神がかったアドリブだ。
が、相手女優のトラウマが理由でアドリブを封じられ、ちょいと顎に触れただけでハラスメントだなんだと大騒ぎされたら、「やってられっかよ!」となるのは当然だろう。
彼のアドリブを崇敬している私も、そんな理由で彼の演技を制限して欲しくない。
「女優やめちまえ」は言い過ぎだったかもしれないけど、彼にしてみれば、「相手役や脇役の演技に制限を設けるような人間は、そもそも役者に向いてない」と言いたかったのだろう。
「濡れ場はやらん」とか「暴力シーンはNG」とかは本人の自由意志だし、それによって仕事が減っても仕方ないと覚悟してるんだろうから、問題ない。
だが、「あれをするな、これをするな」と他の役者に注文つけるのは、自由意志の領域を逸脱している。
あなたにはあなたの仕事を選ぶ権利があるけど、他の役者にも自分の演技をする権利はあるのよ。
ま、そんなわけで、今回の騒ぎは、どちらが悪いとかじゃなくて、単に相性の問題だったと私は考えている。
アドリブに対処できない不器用な女優と、アドリブが神域に達してる男優。
この組み合わせじゃ、どう考えても幸福な結末にはならないでしょう。
このトラブルで双方にミソがついたわけだけど、その結果どうなるかは、本人たちの力量次第だと思う。
より需要のある役者が生き残りますよ。
神がかったアドリブ演技を見せる佐藤二朗か、本人は一生懸命なんだろうけど制限多すぎるし演技もさほどうまくない橋本愛か。
あなたがキャスティング担当なら、どちらを選ぶ?
私なら、佐藤二朗一択ですね。
アドリブ苦手なのが役者として致命的だとは思わない。
たとえばニコール・キッドマンは入念にリハーサルを繰り返し、完璧に役を作り込んでから本番に臨むタイプの女優さんだ。
一方、ジュリアン・ムーアは感覚派で、リハもろくにやらず、その場の空気を感じ取ってアドリブで演技するタイプらしい。
どちらも素晴らしい女優で、私は両方とも大好きだ。
橋本愛も、ニコール・キッドマン並みの演技派女優になれば、たとえアドリブNGでも、身体的接触が苦手でも、必ず生き残れる。
だから、頑張って欲しい。
みんなに有無を言わせない立場を、実力で勝ち取りなさい。
お婆ちゃんからのアドバイスは、以上よ。