80年代アイドルブームの兆し
アイドルを語るうえで、松田聖子の存在は外せない。空前絶後の盛り上がりを見せた1980年代のアイドルブームも、彼女から始まったというのが定説だ。
もちろん、それは間違いではないが、絶対的な真実でもない。聖子の本格ブレークは80年の夏で、アイドルブームはその前に兆しを見せていたからだ。
そこでまず、70年代末から80年代初めにかけての歌謡シーンを見てみよう。
当時はニューミュージックの全盛期で、アイドルはもう来ない、とまで言われていた。キャンディーズは78年に解散し、ピンク・レディーは79年に急失速、同じ年の秋には山口百恵が「恋人宣言」をして一年後に引退する。
オリコンの1位獲得シングルを見ても、79年の7月から80年9月まで、ニューミュージック勢の独占状態が続いた。その顔ぶれは、さだまさし(2作)、桑名正博、久保田早紀、クリスタルキング、海援隊、シャネルズ、もんた&ブラザーズ、長渕剛、というものだ。
若手のアイドルでは、石野真子が人気のピークを迎えていたが、80年の元日に発売された最大のヒット曲『春ラ!ラ!ラ!』は16位止まり。70年代のアイドルブームを引っ張った新御三家らも歳を重ね、百恵の引退でアイドルは終わる、という見方までされていた。
実際、この時期のニューミュージック勢はテレビや雑誌にもわりと協力的だったから、そのぶん、アイドルの影は薄くなることに。また、シンガーソングライターという自作自演タイプがもてはやされ、それができないアイドルは時代遅れに見られがちだった。
ところが、である。じつはこの氷河期に、アイドルブームの種が発芽していた。