強迫性障害をハラスメントの擁護に使うのは意味がよくわからない
心理学者だけど、強迫性障害に「止められているのにわざわざ楽屋に押しかけて不適切なことを言う」という症状はないですね。 https://t.co/4GdpmGpme5
— 新橋九段 (@kudanshinbashi) July 4, 2026
これの件について。
ハラッサー佐藤二朗の擁護として、しばしば、彼が強迫性障害を患っていることを挙げる者がいる。が、正直この論理はかなり意味不明だ。精神疾患によって加害行為を免責することの是非以前の問題として、強迫性障害と彼の加害行動にはかなり飛躍があり、関連があると言っていいか疑問がある。
今回は、そもそも強迫性障害とは何なのかという点を振り返りつつ、それをハラスメントの正当化に使うのはおかしいという話をする。
なお、私は精神疾患の専門家ではないし、佐藤二朗を診断したわけではない。なので、ここで論じることはあくまで一般論であり、かつ報道からわかる事実のみをベースとしている。
強迫性障害とはなにか
繰り返し行為を特徴とする
まず、強迫性障害とは何かを確認しておこう。引用した投稿ではAIの要約をスクショしていたが、こういうものをエビデンスとは呼ばない。
本来であれば書籍を確認したいところだが、残念ながら手元にないので、次善の策として信頼できるサイトから強迫性障害の診断基準等を見てみよう。
強迫症(oibsessive-compulsive disorder)は,反復的かつ持続的で患者自身の意思に反し,かつ侵入的に生じる思考,衝動,もしくはイメージ(強迫観念),強迫観念が引き起こす不安を軽減ないし回避するために患者が行わざるを得ないと感じる反復的な行動もしくは精神的行為(強迫行為,儀式),またはこれら両方がみられることを特徴とする。診断は病歴に基づく。治療は精神療法(具体的には曝露反応妨害法と多くの症例では認知療法の併用),薬物療法(具体的には選択的セロトニン再取り込み阻害薬[SSRI]またはクロミプラミン),またはその併用で構成される。
これだけだと何言ってんだかという感じなので、要点を以下にまとめるとこんな感じだ。
・反復的かつ持続的で、患者の意志に反する行動や症状
・非合理的なイメージや不安、懸念に基づく
・それらを回避するために行われる反復的な行動がみられる
・あるいは、儀式的な行動がみられる。またはその両方
例えば、ストーブを消したかどうか気になって家に帰ってしまうという行動を取り上げたよう。これ自体は誰しも経験があるだろう。ただ、明らかに消したはずなのに何度も家に戻ったりして、ついにはまともに外出できなくなってしまうと強迫性障害と診断されることになるだろう。これは、消したことがわかり切っているのに不安になるという、非合理的な懸念に基づく行動だからだ。かつ、それが反復的に行われる。たまたまその日がそうだったのではなく、わりあい長期間ずっとこんな感じ、というわけだ。
強迫性障害に紐づけられる症状として、皮膚むしり症や抜毛症、ため込み症が挙げられている。何かしらの不安を感じ、出血するほど皮膚をむしったり禿げてしまうほど毛を抜いてしまうような症状を想像するとイメージがつきやすいと思う。
不安症としての強迫性障害
ただ、佐藤が強迫性障害と診断されたのは子供の頃だとされる。診断基準は年々変化しており、現在の診断基準と彼が診断を受けたときの基準は異なると思われる。事実、以下の論文には抄録の時点でこのような記載がある。
強迫症(OCD)は,DSM-IV-TRまで,神経症あるいは不安障害の一型とされてきた。しかしDSM-5では不安症群から分離され,「とらわれ」や「繰り返し行為」を特徴とする強迫症および関連症群という新たなカテゴリー内に位置づけられた。すなわちOCDの疾患概念は,不安の病気から強迫スペクトラムへと転換することとなり,その背景には,病因や病態,治療など他の不安症との相違に関する知見の集積がある。一方,病的不安や回避,うつ病との密接な関連性などの共有,さらに生物学的病態や治療を含め他の不安症との共通性も明白で,両者の関係は極めて複雑である。
つまり、以前強迫症は不安障害の仲間のように考えられていた。なので、佐藤もその流れで診断されている可能性がある。不安障害の診断基準もおさえなければアンフェアだろう。
不安症(anxiety disorder)は,持続的かつ過剰な恐怖および不安と,患者がこれらの感情を緩和するために採用する機能障害を伴う行動変化を特徴とする。不安症は,恐怖,不安,および関連する行動変化を誘発する具体的な対象または状況に基づいて互いに鑑別される。
正直、私には区別が難しい。不安症と関連付けられている広場恐怖症や社交不安症が強迫性障害と異なると言われればそんな気もするが、先に挙げた論文が指摘するように共通点も大きい。
佐藤の行為は強迫性障害由来なのか?
反復してることになっちゃうだろ
さて、佐藤の擁護者の中には、佐藤の行為、つまり、彼が橋本愛の楽屋に (接近を止められているにもかかわらず) おしかけて暴言を吐いたということが強迫性障害に由来していると主張する。
仮にそうだとすると、いくつかの問題がある。まず、この行為が反復していることになってしまう点だ。
すでに確認した通り、強迫性障害の症状で生じる行為は、自身の非合理的な不安から逃れるために反復して行われる。仮に、佐藤の行為をこの症状で生じる行為なのだと主張するなら、必然的に、この行為は反復されてることになる。
言い換えれば、佐藤は、橋本愛に対する行為だけではなく、様々な現場で類似する行為を行っていることになる。
それは擁護になっているのか?
定期的に共演者の楽屋におしかけて暴言を吐くような役者は、明らかに、ドラマの制作スタッフとして一緒に働く存在として問題がある。身体的接触が制約されている役者よりだ。後者は工夫や調整でどうにかなるが、前者はどうにかなっていない (擁護者の主張を鵜呑みにするならば、だが)。そんな役者と一緒に仕事をしたい役者はいないし、そうなればドラマの制作にも支障が出る。テレビ局は佐藤を起用できなくなるだろう。
佐藤の行為が強迫性障害によるものだと見なしてしまうと、役者を辞めたほうがいいという言葉は、佐藤自身に降りかかることになってしまう。
どう見ても反復はしていない
佐藤の行為は反復しているのではなく、今回に限って生じたものだと考えることもできる。この場合、佐藤の行為が強迫性障害に由来すると考える論拠はなくなるから、そもそも彼を強迫性障害によって擁護するという主張が無理筋だったと結論付けることができる。
そして、佐藤が橋本にしたような行為を繰り返していたという証拠はないし、それに反する状況証拠の方が多い。
もし、佐藤が橋本にしたような行為を反復していたとすれば、報道が出たときに便乗する週刊誌が山ほどあったはずだ。事実、彼が共演者の女性にべたべた触るほうの批判は結構出ていた。が、楽屋までおしかけて云々に類似する話は、三谷幸喜が叱ったという橋本環奈の一件しかないので、紆余曲折ありながらもそうした問題はこれまで起こしていなかったのではないかと予想できる。(もちろん、黙殺されていなければだが)
仮に暴言の部分を抜きにしても、誰かの楽屋に押しかけて喋り倒すようなことを繰り返すのだとすれば相当変な人だし、それがどこでも話題に上がらないのは違和感がある。ドラマや映画の撮影現場がどのような状態なのかはわからないが、他人の楽屋に押しかけるという行為が繰り返せるような性質のものなのかも疑問が残る。
その行為が反復していないのであれば、少なくとも、その行為の原因を強迫性障害に求めるのは違和感がある。強迫性障害が遠因となったり影響を与えていた可能性までは否定できないものの、直接的にそれをあげて加害行為を免責できるほどの繋がりがあったかと言えば怪しい。
個別具体的すぎる
最後に、これは心理学者的肌感覚に近いので、あくまで参考程度なのだが、仮に佐藤の行為を強迫性障害による反復する行動だと考えるなら、行為としてあまりにも個別具体的すぎるというか、プロトコルとして複雑すぎるように見える。
強迫性障害の症状の具体例としては、皮膚をむしる、毛を抜く、ため込む、手を洗う、施錠の確認を繰り返す、整理整頓をするというものが挙げられる。これらの行為に比べ、佐藤が行った「楽屋に押しかけ、二人きりになることを要求し、暴言を吐く」というのはあまりにも入り組んでいて複雑に見える。
報道では、佐藤は撮影中「我慢、我慢」などと繰り返し発言していたとされている。また、報道後には佐藤が様々な撮影現場で、共演する女性の体をべたべた触る様子が批判されていた。反復する行為という点では、これらの行為の方が強迫性障害の症状としてはまだしっくりくる。(もちろん、症状だと言いたいわけではない)
加えて、そもそも「どんな不安に対する回避行動だよ」という疑問もある。鍵をかけ忘れたかもしれないと思って何度も確認するとか、物を捨てることに不安を感じるから貯め込むというのは、対処しようとしている不安が明白だ。一方で、仮に佐藤の行為を強迫性障害の症状だと見なすなら、それによってどんな不安に対処しようとしているのかは全く分からない。強迫性障害の症状から対処しようとしている不安が必ずしも明確になるわけではないだろうが、とはいえ意味不明すぎるし、擁護者はここに何の説明をしていない。主張を成立させるために必要な論証を行わないが、主張を正しいと見なせと言う態度は通らない。
なお、擁護者の中には、それこそ引用した投稿のスクリーンショットにあるように、佐藤がハラスメントの加害を自分がするのではないかと懸念をしているのだと主張する者があるが、これはあまりにも場当たり的な主張に過ぎず何の根拠もない。そもそも、佐藤は強迫性障害を公表しているものの、具体的な症状を明かしているわけではない。そうする必要があるとも思わない。擁護者は、今回の件がハラスメントに関係していたことから勝手に連想して物語を作っているが、ここには何ら根拠はない。
そして、仮に本当に佐藤がハラスメント加害を自分がするのではと懸念を感じているのだとすると、その症状によって共演者の楽屋に押しかけるのは本当に意味不明な行動になってしまう。何の回避行動にもなっていないからだ。擁護者は場当たり的に物語を作っているだけだから、こうした不可解な状況を作り上げてしまうし、それに気づかない。
いずれにせよ、佐藤の行為の原因を強迫性障害の症状に求めるのは、様々な面で無理がある主張だというほかないだろう。
強迫性障害ならハラスメントを免責できるのか?
精神疾患は加害を免責するとは限らない
仮に、本当に佐藤の行為が強迫性障害によるものだったとして、では佐藤の責任を免じるべきかどうかはまた別の話である。少なくとも、精神疾患を抱えていたら直ちにすべての責任が免じられる、というほど単純な社会に我々は生きていない。
擁護者が精神疾患を持ち出すのは、犯罪者に精神疾患があると無罪になるイメージからだと思われる。しかし、責任能力がなければ罪を問わないというのはあくまで刑事訴訟上の考え方だし、刑事訴訟においても判断はケースバイケースである。幻聴が聞こえ、その犯罪を犯せと幻聴が命じたと認められた場合でも、責任能力が認められ有罪となったケースもある。ましてや、刑事訴訟ではない場面における責任の有無の議論は、なおのことケースの様々な要素に左右される。
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