酷いと評判だったので劇場では観なかった細田守の「果てしなきスカーレット」(2025)。先月BDで観たんだけど、あまりにも酷すぎて前回記事にはウッカリ入れ忘れちゃったので単体記事にします。単体作品です。単体女優です。
細田守って芝居の引き出し少ないですよね。だいたいどのヒロインも目を見開いて、恐怖と驚愕が混ざったアワワワみたいな顔を劇中1回は必ずしますね。アワワワがよほど好きなんだろう。ケモナー以上にアワワーなのかもしれない。今回もスカーレットちゃんはたびたびアワワワしますので、アワワーの方は是非。
いったいお前は何ならうまくやれるんだ (★1)
明白に才能があり評価された優秀な演出家が、もっと作れ、もっと売れろと商業作家コースに乗せられてしまい賭け金がどんどん釣りあがり、別にそんな言いたいこともない人なのに大作映画でなんか大層なことを言わなきゃならなくなって、美女と野獣を借りたりシェイクスピアを借りたりして誤魔化して、いけるか…? いやダメだった、ここに至って破綻した。瓦解した。転落した。細田守主演のスコセッシ映画を観てるような気分だぜ。スコセッシもワンパターンやね演歌やね。
誰もが呆れ、鼻白んだ渋谷ダンス。これは開発後の渋谷ですね。ホームレスを排除して作られたニセの楽園。集金装置に作り変えられた虚構の街。商業主義の地獄ですわ。モブは目を疑うほどモブにすぎず、ホントに開発会社の手描きパース(完成予想イメージ)みたいに見える。オレはラブライブの脱臭秋葉原なんかも大嫌いでねえ、アニメが原理的に持つ強力な漂白作用には極めて批判的になっている。臭えんだよゲロ以下の臭いなんだよ。細田守にはその認識さえないのであろう。しょせんその程度の思考の浅瀬で粋がっておるのだ。
細田守の腕が見る影もないほど落ちたことを示す、一目瞭然の判りやすい箇所がある。どうでもいい小悪党2人が手に手を取りあってウヒャヒャと喜ぶカットがあるんだけど、片方が抜き身の剣を持ってるんですよ。そんで剣を片手で持ったまま、2人は両手をとりあって、飛び跳ねて喜ぶんですわ。剣を立てて持ったまま。オイ危ねえって。何なんだよこのカス芝居は。このコンテを描いたのは誰だあっ!(海原雄山) あのさー、キャラクターが剣を振り回すならアニメーターも剣を振り回して、剣の重さを感じて剣の実在を信じて絵を描くのが当たり前なんですよ。剣戟を描くアニメーターは(監督もだぞ)最低限の剣の扱いくらいは心得なくてはならないんですよ。ここに気骨ある原画マンがいたならば監督この芝居おかしいですねと指摘するところだが、今作はほとんどCGで制作されており、CGディレクターは言われたまんま動かしちまってる。人間に興味なくてPCしか触ってこなかったやつをスタッフに入れるな、入れてもいいけど監督が責任持ってちゃんと面倒見ろ、と強く言いたい。もしかして細田守も人間に興味ないのか? なんか心にもない世界ウルルン滞在記ごっこみたいなくだりもあったからなあ…
恋する相手のためによりよい未来を作りたいという「時かけ」の縮小再生産。しかしスカーレットが平和な全体主義国家を作ったところで現代日本の若者関係ないやろ。もう、ネタにもなってないネタ未満ばかりが無惨に転がってて、なああーんにも成立してないんだよな。いったいお前は何ならうまくやれるんだと問い詰めたくなる。あの安直な通り魔って、「時かけ」の学校で暴れる陰キャのあいつだよね(これも縮小再生産)。スカーレットがデンマークでいい統治をすれば、5世紀あとの日本のあいつは救われるのかよ? なんぼなんでも人間をナメすぎじゃあないのか? 人間をボードゲームのコマ程度に考えているから、登場人物の誰のことも理解できないこんな映画を作ってしまうんじゃあないのか? あああん? おおおん?(凄んでます)
技巧だけの人が技巧を捨て去ったら無惨な結果になるのは必然だ。失敗したがこれも細田守の「挑戦」であろう、その意気は買うと好意的に評する人もいる。そらーまあそうですよ、万馬券買う時はオレだって挑戦者ですよ挑戦者ストロングです。万券なんかほとんど当たらんが、たかがオレのカネが消えるだけの話だ。他者を巻き込む細田の「挑戦」には、どれほどの勝算があったのだろうか。そこんとこをちょっと聞いてみたい気もする。