「自分は何もしない。でも他人には全部やらせる」――それは中立ではなく、ただの責任放棄
女性専用車両を廃止しろと主張するなら、痴漢被害をどう減らし、安心して移動できる環境を何で代替するのかを示す責任がある
「自分には関係ない」「必要な人だけで金を払え」で済むなら、防犯も福祉も公共交通も成り立たない。社会制度は、直接の当事者だけが費用を負担する私的サービスではないからだ
しかも「男性というだけで何かを要求されるのは性差別」と言いながら、女性側には被害対策の費用も手間もすべて負わせようとしている。要求を拒否する自由と、制度の影響から完全に無関係でいられる権利は別物
廃止だけ叫んで代案も負担も拒否するのは、論理ではない
被害は無視する、対策は壊す、責任は取らない――そんな主張を“我々無辜”で正当化するな
#女性専用車両 #痴漢対策 #公共交通
我々無辜の男性は何もする必要はない。
する事を要求されてもならない。
無関係なので。
「男性である」と言うだけで何かを要求される事それ自体が性差別。
何とかしたい人達だけが、他の人を一切巻き込まないやり方を考えてやれば良いだけ。その人たちだけでコストを払って。