グリーンスパン氏死去、100歳 元FRB議長 巧みな金融政策運営で「名指揮者」とも

米連邦準備制度理事会(FRB)の議長を務めたグリーンスパン氏=2012年10月、ニューヨーク(ロイター)

【ワシントン=塩原永久】米国の中央銀行に当たる連邦準備制度理事会(FRB)の議長を1987~2006年に務めたアラン・グリーンスパン氏が22日、パーキンソン病の合併症のため死去した。100歳。米メディアが伝えた。巧みな金融政策運営で米国経済の安定成長を支え、「マエストロ(名指揮者)」と呼ばれた。民主、共和両党の4人の大統領に仕え、世界経済に多大な影響を及ぼすFRBへの国際的な信認を高めた。

東部ニューヨーク市生まれ。幼少期から数学の才能を示し、一時は音楽家を志した。ニューヨーク大で経済学を専攻。卒業後にエコノミストとして幅広い統計を精緻に分析する手法で名をはせ、74年にフォード共和党政権で大統領経済諮問委員会(CEA)委員長に就任して公職を得た。

87年8月、レーガン大統領(共和党)に指名されFRB議長に就任。同年10月の株価大暴落「ブラックマンデー」を大胆な金融緩和で対処したほか、2001年の米中枢同時テロなども乗り切ってFRB議長としての名声を固めた。

投資家の思惑を先読みしつつ市場にメッセージを発信。米株式市場の過熱を「根拠なき熱狂」と呼んで牽制(けんせい)するなど、混乱の芽を摘む「市場とのコミュニケーション」にたけた。クリントン民主党政権でも再任され、約18年に渡ってFRBを牽引(けんいん)して米国経済の堅固な成長を後押しした。

FRB議長を退いて以降も旺盛な経済・市場分析に取り組み、その発言や論考が世界のエコノミストや中央銀行関係者の注目を集め続けた。

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